ラルク好きの病弱主婦が綴る、日々や過去のコト。現在旦那と別居中。

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クレーム

2008 - 07/14 [Mon] - 11:51

今日は最近あった、かなーり頭にきた出来事を書かせて下さい。
怒りをぶつける場所がないので( -.-) =зフウー

東京は毎日暑い日が続いていますね。
両親が東京にいた頃に、私のお誕生日プレゼントにと、父から日傘、母からサングラスを貰いました。
一緒に買いにいったのではなくて、私が買って、後からお金だけ貰いましたが、日傘もサングラスもとても気に入って買ったので、暑い日が楽しみなくらいでした。

日傘は私のあまりの喜びように、母が写真を撮ったくらいです。
若干親バカなんでしょうけど、この歳になっても子供が喜んでいる姿を写真におさめたいという気持ちが変わらないのは、私も一児の母として分かるような、嬉しいような。
けいちゃんからヒスの鞄も貰った頃だったので、盛り上がっていました。

先日も太陽がガンガン照りつけて、それはそれは暑い日でした。
最近けいちゃんの洋服を選ぶのが楽しい私は、バーゲンもやっているしで、買い物に行こうと思いました。
準備をして、今日は日傘を持って行こう!思ったら・・・。

無いじゃん!!!

家中探して、やっぱり無い。
最近行った思い当たるお店に日傘の忘れ物がないか電話で確認しましたが、やっぱり無い。

。・゚゚・o(iДi)o・゚゚・。うぇぇん

母に電話したら
「お父さん悲しむわよぉ・・。」と。
私だって悲しいよ!(キレ気味。)

何回使った?
まだ5回も使ってないよ〜!!

がっくりして、でも日傘は無きゃ困るし、前回買った某有名デパートに行きました。
そうしたら、同じ傘が、バーゲンで30%off!!!
傘自体は同じ物であっても、父が買ってくれた物ではありませんからちょっと複雑ではありましたが、
同じ物が30%引きで買えるんだし、また同じ傘があったって事もついてる!と思って、買う事にしました。
この傘、本当に可愛くて、この日もあれこれ見ましたが、これ以上は発見出来ず。

レジに行くと男性の店員さんが
「こちらへどうぞ〜。」
この時嫌〜な感じがしました。
この方、前回もいて、会計時にクレジットを作らないかってすっごくしつこかったんです。
ここのデパートって時々しつこい方がいて、それが嫌。
会計の度に勧められると、うんざりします。
ノルマが厳しいんだろうなと思っていました。

流月「すぐ使うので、値札切って貰えますか?」
店員「分かりました。」
私はクレジットカードを出しました。

するとやっぱり勧められて、今作ると今日から割引だとか、今月はずっと何%offで使えるとか説明してきました。
でもここは本当にノルマがあるのが見え見えだし、この人も大変だろうなと思い最初は一通りの説明を聞きました。

流月「すみません、今日は結構です。」
店員「でもどうせクレジットで払うんなら、勿体ないですよ。」
と更に延々説明してきました。

流月「でもいいです。」
店員「でもどうせカードで使うならね?まだ今日ここでお買い物があるなら、全部お得になるんですよ?
5分くらいで差し上げますから。ね?ね?」
まるでポイントカードのような説明をしてきます。
カードの事も「クレジット」ではなくて「メンバーズカード」って言うんです。

流月「差し上げますって、これクレジットカードなんですよね?」
店員「クレジットですね。でもどこのお店でも使えますから。ここのカードはうちの子会社なんですよ。」
そりゃークレジットなんだからどこだって使えるでしょ。
子会社とか、私に関係ないんだけど・・・。

店員「どうせカードで払うならねぇ。」

このやたらに繰り返す「どうせ」に腹が立ちます。
どうせカード使うなら、こちらの得になるようにしたい、と聞こえてきます。

流月「クレジットを何枚も増やしたくないんですよ。それに、もうここでの買い物もないし。」
店員「何枚も持っているなら、これも是非。今日は買い物なくても、この傘はお安くなりますよ。
それに年会費無料ですから。」
流月「私のこのカードも無料だけど。」

私の話は何も聞いていないこの店員。

流月「前も何度もカード勧められてですね・・(いつもしつこいんだよ!!と言いたい)」
店員「何度も勧められているんなら、今日作っちゃって下さいよ。」

それでこの人、会計してくれないんですよ。
私は最初にクレジットを出して、それはカウンターに置いたまま、延々この話してるんです。
傘の値札も切ったまま、カウンターの上。
後もう一押しだとでも思ってる様子。

流月「もういいです。いらないです。」
と傘をその人に差し出しました。

店員「え!?あの!!」
と言いながら、この人私のクレジットを急に手に取ったんです。
私のクレジットをを持ったまま言葉に詰まっているので
「傘いらないから。」
と傘をまたその人に突き出すと
「あの・・じゃ是非また・・・・・」
とクレジットをを私に渡しました。

またなんてあるかっ!!

結局傘は買えなくて、この後何件回っても気に入る傘に出会えませんでした。
ず〜と腹が立っていたら、けいちゃんから電話が。
もう一気に話しました。
「それやりすぎ。クレームの電話した方がいいよ。」

私過去店員さんの態度が悪いとかでクレーム入れた事はないんです。
もう行かなければいい事だし。
でも今回は最終的に私が傘を買えなかったという事は大きいと思いました。
お金持っていない訳じゃないのに、商品を買えなかったなんて初めてですから。

ここは関東では行った事がない人は殆どいないんじゃないかというくらい大きなデパートですから、
クレーム対応はしっかりしているだろうなって思いました。
日傘についての対応が欲しかったんです。
家まで持ってこいとは言わないけど、値札を切ってカウンターに放置されたのでどれか分かるはずだし、取り置きしておいてくれるだろうと思いました。

電話して責任者に代わって貰いました。
話始めると
「あ〜そうですか。」
「はいはい。」
「あ〜申し訳ございません。」
と早く終わらせたい感がすっごい伝わってきて。

「誰かはこちらで分かりますので、注意して今後は無いようにします。」
とまるでずれた答えが返ってきました。
誰がやったか突き止めるのは私にはあまり関係ない事です。

「なんかすみませんねぇ。せっかくお買い物しに来ていただいたのに、お買い物が出来なくて。
誰が対応したのかはもう分かっておりますので・・はい・・。」
とこればかり。
自分じゃないから、やった人に気をつけるように言います、って事みたいです。

何を言っても
「はぁ・・。」
「あぁそうですかぁ・・。」

そして
「わざわざ電話までしていただいて、ありがとうございますぅ。」
私が何か言うとまた
「あの、本当にありがとうございました、わざわざ電話していただいて。」
と繰り返す。

わざわざって・・・。

もう終始早く電話を切りたいっていうのがあって、余計腹が立ちました。
クレーム内容も全然聞いていないし、最後には
「また良かったらご来店お待ちしてますねぇ。ははは。」
と訳の分からない笑い。
馬鹿にされてますね。

けいちゃんに言ったら
「多分何件もクレーム来てるんだろうね。
別にお前が買い物来なくても、うちは沢山来てくれるからって態度だよね。」
と言っていました。

最近いわゆる成功本っていうのが沢山出ていますよね。
私がブログの横に貼っている
「夢をかなえるゾウ」もそうですが、ベストセラーになっている本が沢山あって、テレビでも取り上げられたりしています。
セミナーなどに出てもこのような考え方はよく取り上げられます。

あちこちで聞く
「クレームこそ客をつかむチャンス」
「ピンチをチャンスに変える」
というような言葉というか考えか方。
これって本当で、世の中の常識になりつつあるのかなぁと
思っていましたが、こちらが客でありながら嫌な思いをする事があります。
私はミスってあまり気にならないんですよ。
会計が遅いとか間違ったとか、直してくれればそれでいいし、新人さんならテキパキ出来なくて当たり前。
会計を急ぐような買い物など私は滅多にないですし。
あたふた困っていると
「大丈夫だから、落ち着いて!!」って思っちゃいます。
私もスーパーに就職した時凄く大変だったし、客だからといって何でも許される訳じゃないです。
売り手はお客さんが大事なのは分かりやすいけど、買い手だって売ってくれる場がなければ困るし、立場は同じ。
でも態度が悪いのは頭にきます。

この店員さんはあまりに客の立場を考えていなさすぎですね。
クレジットをこれ以上作りたくない人だっている。
会計を急いでいる人だっている。
たまたまクレジットだったけど、普段は現金払いかもしれない。
頼まれてお買いものに来てるかもしれないし。

ただ得だからそれでいいでしょって事ではないですし、
同じようなサービスを今はどこでもやってますよね。
その度にクレジットを作っていたら大変ですし、そういうのも分かってない。
お客さんが何を求めてそこに来ているか、これってキャバクラでもとーっても大事で
これを無視するとお客さん来ません。
同じお金を払っても、その意味が人それぞれですから。

という訳で、今年の夏は日傘無しで過ごす事になりそうです。
それとも近所のスーパーで間に合わせで買おうかな。
すっかり日傘の嫌な思い出が出来た流月でした。
私のブログ、愚痴ばっかり(ノДT)アゥゥ

クレームこそ客をつかむチャンスというのを自分で体感した事もあります。
りゅうが赤ちゃんの時にオムツに何枚か汚れがついていたんですね。
ユニチャームのマミーポコでした。
まぁ一応・・って感じで電話したら
とても丁寧に謝ってくれて
「赤ちゃんに使う物ですのに、大変不快な思いをなさったでしょう。
それでは安心して使えないですもの。」と母親の気持ちもよく分かってくれました。

クレーム内容もとても丁寧に聞いてくれました。
オムツのどのあたりに付いていたか、何枚目くらいにあったか、など。
私は怒ってもいなかったですし、そこまで聞かれるのが意外は程。
最後まで丁寧に謝ってくれて、後日新しいオムツとその汚れが何だったのかの調査票が届きました。
汚れはオムツを作っている途中に機械からついた物だったらしいですが、もうその対応の良さに汚れとかどうでも良くて(*^。^*)
その後もマミーポコは愛用しましたし、ユニチャームという会社に今も好感を持っています。
同じ会社でも対応が良い人も悪い人もいます。
これもよく言われますが、一人の対応が会社やお店のイメージとして捉えてしまいます。

やっぱり人と人のつながりを大切にしたいなぁと思うのは世間知らずなのかな(;´Д`A ```

食べ物 PTSD

2008 - 07/05 [Sat] - 10:40

毎日、夜布団に入ってから、りゅうとお喋りする時間が大好きです。
歌を歌ったり、携帯の画像を見て笑ったり、りゅうが私に本を読んでくれたりもあります。

ある夜。

「ママ、保育園でね、麻奈ちゃんはいつも1人でご飯食べてるんだよ。」とりゅうが話し出しました。

「どうして?食べるの遅いのかな?」と訊ねると

「うん。そうなの、遅いから、毎日1人になっちゃうんだよ。」

「そっかぁ。りゅうは?」

「りゅうはね、食べるの早い。男の子は食べるの早いんだよ。」

「じゃありゅうは麻奈ちゃんに食べるの頑張ってって応援してあげなきゃね。」

「どうして?だって麻奈ちゃんが遅いだけなんだよ。早く食べたらいいじゃん。」

「・・・・・・」

「ママは保育園でご飯早く食べてた?」
私・・・。

子供の頃、食がとても細かったようなんです。
時間内になど食べきれず、気付けばいつも一人。
でもその頃は「残さずに食べるのが偉い」と言われ、毎日、皆が遊んでいる中椅子に座らされていました。
お昼ご飯になると、毎日喉が痛くなるんです。
そして食べ物を飲み込むのが辛い。

先生に

「喉が痛くて食べられない」と言うと

「また?毎日痛くなる訳ないでしょ。頑張って食べなきゃ駄目よ!」と。

喉の痛みを堪え、一口一口やっと飲み込む。

「早くしなさい!」

「また遊ぶ時間なくなっちゃうよ」

「どうして流月ちゃんだけ食べられないんだろうねぇ。他の皆はちゃんと食べてるんだよ。」

「全部食べるまで、立っちゃ駄目だよ。」

やがて昼食後の休憩も終わりお昼寝の時間。

先生は呆れた様子で「もう食べられない!?じゃぁいいよ。明日は食べるのよ。」

やっと椅子から解放される。
毎日毎日、それの繰り返し。

まだ5、6歳だった私は、泣くという事は涙が出るんだと思っていたようだ。
あの時の喉の痛みは、私が泣くのを堪えていたんだと知るまでに、それから数年かかった。
泣いてはいけないと思っていた。
親に言ったら、ちゃんと話を聞いてくれなかった。

なんでご飯なんて食べなければいけないんだろう。
お昼ご飯が無ければ、私はあんな目に合わなくて済むのに。
皆に出来る事がどうして私には出来ないんだろう。

どんどん「食べ物」という物が嫌いになっていった。

あれ以来食事を「早く!!」と急かされると、あの時が蘇る。
高校以降は、いい歳して「早く食べなさい」と言われるとキレる私に、母親は戸惑っていたと思う。

今でも親しい友人に「食べ物は何が好き?」と聞かれると「私、ご飯食べるの苦手なんだ」と話す。
「苦手ってどういう事?」と友人は笑う。

次々に蘇る過去に、気付けば涙が溢れていました。
「ティッシュ、ティッシュ」とりゅうが慌てて取ってくれました。

「ママは麻奈ちゃんと同じでね、早くご飯食べられなかったよ。毎日先生に早くしなさいって怒られてたなぁ。」

するとりゅうが

「ママ大丈夫。今日はそんな夢は見ないよ。」とニッコリ。

そしてギュ〜っと抱きついてくれました。

いつも「今日は怖い夢見ちゃうよ〜」と騒ぐりゅうに私がしている事。

子供って良く見てるなぁと感心してみたり。

何だか吹き出しててしまって(゚m゚*)プッ

でもそれがとても温かくて、「そうだね、今日はママはりゅうの夢を見るよ。」

「麻奈ちゃんはね、先生に怒られてないんだよ。麻奈ちゃんゆっくり食べてていいよって言ってたもん。だけど今度はりゅうがちゃんと麻奈ちゃん見てるよ。」

「そっか。りゅうは優しいね。」

それからしばらくして、りゅうが静かになり、寝息に変わりました。

夢か・・・。

うん。

いつか夢だったと、もう終わった事なんだと思いたい。

冷蔵庫に閉じ込めらる PTSD

2008 - 07/05 [Sat] - 10:35

幼少の思い出。
いくつだったんだろう。
たぶん5〜6歳くらいだったと思います。

私には姉と弟がいます。
小さい頃はいつも姉と弟が仲良くて、2人からいじめられていた気がします。
自宅に併設されていた小料理屋は、この頃とても忙しかった。
父も母も懸命に働いていました。

兄弟喧嘩が始まると、父が何も言わず恐ろしい顔で、三人のうち誰かを抱きかかえ、外の車庫にある冷蔵庫に閉じ込めた。
その冷蔵庫は業務用で壁に埋め込まれていて、人が入れる大きな物でした。
冷蔵庫の奥に扉がもう一つあり、そこ開けると冷凍庫になっています。
そして扉は内側からは開かない様になっていました。

私も入れられた事が何度もあります。
扉を開けると、放り投げる様に私を置き、扉を閉める父。

電気も付けてくれず、真っ暗なそこは当然寒く、恐怖が更にその寒さを強くさせ、冷蔵庫中に響くモーターの音は、誰かの叫び声の様に聞えました。

店に使われるであろう、魚などの食材と一緒に、私もそこにいた。

置いてある全ての物が私を見ている気がしました。

もう一つある冷凍庫の扉が今にも開いて誰か出てきそう。

怖くて、怖くて。

泣き叫んでも誰にも聞えない。


いつも思いました。
「もし父がこのまま私を閉じ込めた事を忘れたら、死ぬんだ」と。

扉を叩くも、重い鉄の扉を5歳の女の子の手で叩いた所で、外には聞えなかったでしょう。

時間にしてたぶん数分。

私には気の遠くなる様な時間でした。

父が私を出してくれた時も、いつも何も言わなかった。
「私を殺す気なのだろうか」そう思いました。

でもそれは違うんです。
父にしてみれば、本当に躾のつもりだったんだと思います。
正直、繁盛している店で小さい子供が騒ぐのは煩かったんだと思います。
父のその行為を、今全く恨んだりとかしてなくて。
怖かった思い出として残っている程度です。

だけど、深層心理はどうなんだろう。
もうずっとですが、私は閉所恐怖症です。
暗いところは平気ですが。
狭い所にいると、不安で怖くなります。

だから家にいるのも嫌い。

外にいたいんですね。

屋根の無い所にいたい。

PTSDですね。

閉所恐怖といっても、それ程ひどくはありませんけどね。
MRIは怖かったなぁ。
痛くないのに、苦痛でした。
あの音がまた怖い!

今でも実家の冷蔵庫にはあまり近づきたくありません。

だけど、私は今5歳の子供じゃない。
冷蔵庫だって近寄らないという選択が出来るのです。
もう受身だけの子供じゃない。

きっと世の中には、そんなつもりではなくても、相手の心に傷をつけてしまう事って沢山あるんでしょうね。
誰が悪い訳ではない。
もちろん悪意があれば話は全く別ですが。

閉所恐怖症だから、もっと広い家に住みたい。

だからお金も必要で。

そしたら私もいずれは働いて、稼いで。

いつか家にいても苦痛じゃない家に住みたい。

そうやって前を向いて行きたいです。

原因不明の入院

2008 - 07/05 [Sat] - 10:30

小学校2年生の時に入院した事があるんです。

病名は不明。
それこそ、精神的な物でしょう。
実家は家庭環境が複雑でしたから・・。

その時の記憶は1年も入院していたのに、記憶が断片でしかありません。

初めは実家で「お腹が痛い」と訴えたのが始まり。
確か、救急車で運ばれたと思います。
たぶん検査をして、そのまま入院。
まさか一年も出て来れないとは思いませんでした。

覚えているのは・・急に目が見えなくなったり、音が聞えなくなったり、歩けなくなったりした事。
箱庭療法とかもしていましたね。
毎回つまらなかったです。
その頃は何故そんな事をしているのかも分かりませんでしたしね。

主治医は優しい先生だったけど、当時私はその先生が嫌いでした。

理由は不明。覚えてないんですね。

ある先生が病室に来て言いました。

「この子は嘘を付いています。大人の関心が欲しいから、不調を訴えているのです。音も聞えているし、目も見えいるはずです。」

これは記憶に鮮明残っています。

ワタシハウソツキナンダ・・・。

ここの病院にいたいから嘘をついていると・・・?

胸に長い針を刺されていたのを思い出します。
栄養を確保する管だったんだと思います。

抜く時悲鳴をあげるほど痛かった。

主治医が母親に話していました。

「私は流月ちゃんを信じています。以前に・・同じ様な症状の子供がいましてね。その子は私が担当していなかったんですが、その子も嘘を付いていると言われ、治療も積極的ではありませんでした。原因も分からなかったというのもありますが。どこも検査上では異常がなかったのです。その子はその後・・亡くなりました。原因不明のまま・・。」

1年して退院しました。
原因不明のままで。
親は2年生をもう一度やり直させるか、友達のいる3年にあげるか学校側と悩んでいました。
結局私は3年生になりました。

2年生がスッポリ抜けてしまったのです。

1年のブランクを皆心配していました。
私は皆が過剰に私に反応するのが嫌でした。

病院で何をしてきたのか。

悪気は無いのだろうけど、興味心全開で問いただしきます。

けどそれも田舎町。すぐ慣れました。
皆も聞かなくなっていきました。

テストでは良い成績でした。

そんなに勉強には影響が無かったんだと思います。
だけど、点数の悪い子を叱る時に、担任は必ず私を引き合いに出しました。

「流月ちゃんは2年生をしていないのに、良い点が取れるんだよ。なのにお前は何故こんなに点数が低いんだ?流月ちゃんを見習いなさい。頑張ってるんだね、流月ちゃん。」

その子の点数が低いのと、私の点数が良いのは関係ないでしょ?
ほぼ一年間繰り返されたその会話に私はうんざりした。

私は感情を表に出さない、目立たない子でいようと努力しました。
そのうち、感情の出し方が分からなくなって、男の子に「何をしても泣かない女」と言われる様になりました。

でも2年生で習う算数がさっぱり分からなくて・・今も分からないです(笑)
けいちゃんが数字に強いので、良かった〜と思ってます。
りゅうに聞かれて2人とも分からないんじゃ、親としてちょっとね・・・(笑)

初めてのリストカット

2008 - 07/05 [Sat] - 10:09

高校2年の頃。
私はいわゆる「難しい子」だったのかもしれない。
今でいうメンヘラーの素質を十分持ち合わせていたんだと思う。
幼少時代、ここにすら書けない沢山の事があったのも要因だと思う。
でも幸い、私のそういう部分を引き出す出来事が起こらなかった。
これは今だから言える「結果」だけど。

自分で自分が怖かった。
何かしてしまうんじゃないかと。
キレやすくはなかったけど、キレたら怖い、平穏な日常を全てぶっ壊してしまうかもしれない・・。
人を傷つけたり、犯罪を犯したり、そんな事が他人事とは思えない時がしばしばあった。
そういえば、中学3年の受験の頃、苛々がつのり、目の前を悠々と歩く飼っていた猫の耳をハサミで切りたくなったっけ。
切らなかったけど。
これも今だから言える「結果」

気の合う仲間と、就職校だったので勉強に追い立てられる事もなく、毎日楽しくやってた。
他の学校で問題を起こした先生が来る様な学校だった。
彼氏もいたし、友達も沢山いて、何も不満なんてなかった。

けれどどうしてだろうね。
思春期って、自分の居場所を探したくなる。

あるのに、ここに・・・。
家にいると自分の居場所がないと感じた。

ありがちな感情。それこそ甘えだろう。

両親が懸命に働き、家がある。
誰に聞いても、そこは間違いなく私の居場所だったろう。

何が気に入らない訳でもない。

けど苛々が治まらない。

楽しい事が何もない。

自分が見出せない。

将来は考えてもいないから不安にならないのに。

何故か心が満たされない。

淋しいと認めたくない自分。

深夜0時を過ぎるとその気持ちが毎晩募っていった。
日当たりが悪く、月明かりも入らない私の部屋。
部屋の電気を消して、コンポの光だけで部屋にある物が分かる。
6畳の部屋は、座る場所も選ぶ余地は無く、ベットに寄りかかる位置。
コンポからは洋楽が流れる。
出るのは溜め息ばかり。

「このままでは自分が何をするか分からない」

自分に対する恐怖心だけが増す。

カッターを見つめ・・手に取り・・刃を出す。
カチカチカチ・・・という音がまるで頭の中で響いているような気がした。
左腕に当ててみる。
冷たい感触で、ぞっとする。

私は何をしようとしているんだろう・・。

何となく明日普通に登校する姿を思い描く、友達といつものバカ騒ぎ。
変わらない日常がすぐそこにあった。

視線を落とすと、それよりも近くに非日常があった。

けれど心に問うと、それは日常より受け入れやすくて。

右手に力を入れた。

皮膚って思ったより簡単に切れない。
引きつる皮膚。それを力で引き裂く。
大変な事をしている気もした。
脈が速くなった。

でもこの心のモヤモヤを打ち消す、または目に見える状態にするには、この行為は適切だったと思った。

初めてリストカットした瞬間だった。

その日以来、私の左腕は傷だらけになっていった。
冬だったから、誰も気付かない。

傷が治ってくると不安になった。
かと言ってあまり数を増やす訳にもいかず、治りかけの傷の上をまた切るという行為を繰り返した。

気付いた友達は、驚きもせず、「うん。最近つまんねーよな」と。

そして煙草を取り出した。
「軽いから平気だよ。皆吸ってるし、流月が吸ってないのが不思議だ」と笑う友達。

「煙草は不良の仲間入りでしょ。」と言うと

「万引きで停学になった奴に不良って言われたくねーな」

確かに・・。
そんな事ももうずっと遠い昔のように思える。

冬の浜辺で吸った煙草は、何とも言えない味がした。
クラクラして、何でこんなもん皆吸うんだろうと思った。
「そのうち吸える様になるよ」

「そこまで頑張らなきゃいけないもんなんだ?」

「当然!」

変なの・・・。

「なぁ。これで新しい事始めたじゃん?体に悪い事し始めたじゃん?
今までとは違う日が始まった。だから、体は傷つけるのやめろよ。お前、女なんだぞ。」

「あんた親か(笑)」

なんて話をしながら、「灰皿を作ろう!」

と飲んでいた缶ジュースに修正ペンで

”流月の灰皿”と友達が書く。

「明日もあるかなぁ〜」と私。

「普通に風で飛ばされてるだろ。」

「じゃぁなんで作ってるの?」

「明日もあったら楽しくね??」

「楽しくねーよ。」

その日から自傷は止めた。
その代わりあっという間にヘビースモーカになったけど。

友達の手で作られた「今までとは違う日々」
単に煙草なのだけど、高校生の私には十分な刺激だった。
新しい刺激を手に入れて、私のリスカ行為は止まったんだと思った。

その日以来その友達を悪友と呼んだり、してはいけない事をして大人に反発している気分を味わったり、煙草の銘柄について語ってみたり、可愛い灰皿を買ったり、確かにそれまでには無かった沢山の事があり、それで満足した私は幼かったと思う。

幼すぎて、本当は友達の優しさで心が満たされて自傷が止まったという事に気付けなかった。

その頃付けた傷はまだ左腕に薄っすら残っています。

リストカットと煙草との出会いの貴重な思い出。

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プロフィール

流月

Author:流月
小学生の頃から続く頭痛。
どことはなしに体が弱いのですが、結婚後鬱病になってしまいました。
後にパニック障害発病。
不安神経症や、解離性障害にもなりました。
結婚前はキャバクラ嬢。
現在は専業主婦で一児の母です。

好きな物
LArc〜en〜Ciel 
HYDE
浜崎あゆみ
倖田來未
音楽 ヨガ アロマ 癒しに関する事
お裁縫をしたい今日この頃。
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