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キャバクラ嬢から母親へ
2002年 7月
彼氏のけいちゃんと同棲生活が始まった。
彼氏と同棲する事は初めてだった。
私は自分の時間が必要で、誰と付き合っていても同棲はしたくなかった。
でもけいちゃんはお昼の仕事だし、生活の時間帯が正反対。
休みの日も一緒に行動出来る時間がとても短い。
この同棲は私が望んだものだった。
1LDKは2人には丁度良くて、これからの生活は楽しい事だらけだと思った。
けいちゃんと私の収入を合わせると、かなりリッチなカップルだった。
2人で月100万はいっただろう。
最近また生理が遅れている。
もう一週間。
それに今まであまり経験がないんだけど、軽い吐き気が常にある。
乗り物酔いもしないし、お酒も飲めない私はそれまで吐き気というものを感じた事がなかった。
けどご飯も食べれているし、大丈夫かな・・。
そのわりに体重が増えないんだけど。
引っ越しも終わり、約半月ぶりにお店に出勤。
変わらない華やかさだったけど、どうにも体調が悪い。
肌荒れも凄いし、とにかく頭が痛い。
鎮痛剤と胃薬を2回づつ飲んでいた。
眩暈もするし、高いヒールが辛い。
早退を申し出るも、ずっと休んでいたんだからと却下。
そりゃそうだ。
しかも指名のお客さんもいるし、帰れるはずがない。
次の日も何とか出勤。
吐き気が強くて煙草を吸えなくなっていた。
また鎮痛剤と胃薬。
でも治まらない。
そして閉店後、仲の良かったリサちゃんに「妊娠してんじゃないの〜?」と言われて、「でも生理前の感じに似てるから、来るかなって思ってるんだけど。いつも遅れるしさ」なんて言いつつ、次の日出勤前に妊娠検査薬を買いに行った。
反応が出るはずがないと思っていた。
結果は陽性。
驚いた。
けど嬉しかった。
それは自分でも驚く感情だった。
私は子供が嫌いだったから。
そんな私が、妊娠が分かった時、困惑でも動揺でもなく、嬉しかった。
お腹に赤ちゃんがいる。
急いでけいちゃんに電話した。
喜んでくれると思った。一体どんな反応をくれるんだろう?
舞い上がって、今日の仕事は手に付かなくなってしまうんじゃないだろうか。
けいちゃんは子供が好きだと言っていたから。
反応は予想外に静かなものだった。
「まだ病院に行ってからじゃなきゃ100%とは言えないんでしょ?
まだ決定ではないんでしょ?」
認めたくないとしか取れなかった。
この時、この反応がどういう事なのか私はもっともっと考えるべきだったんだ。
決していい気はしなかったけど、何より嬉しくて、小さな事なんてどうでも良かった。
堕ろせといは言わないのは分かっていたから。
妊娠したら、当然結婚して生むのが当たり前だと思っていた。
だけど、その時のけいちゃんの反応はその後の全てを物語っていた。
もちろんあの時は気づくはずもなかったんだけど。
私は突然母親になった。
その日はどうしても店が休めず、妊娠を知りながら1日だけ出勤する事にした。
過去妊娠して辞めていった女の子達を思い出す。
ショーメンバーで、途中でショーから降りることも出来ず、踊っていたショーメンバーもいたっけ。
辛そうな女の子の顔と、それを知らず煌びやかなショーに喜ぶお客さん。
商売って大変だと、いつも思った。
高いヒール、遅い時間、煙草の煙、交わされるお酒。
今まで何て事ない日常の職場が、急に嫌になった。
赤ちゃんにとってこんな最悪な環境はない。
だけど目に映る全てが違って見えた。
もう二度とこの空気は味合わないだろう。
長かった水商売最後の日。
何を見ても、誰と話しても嬉しかった。
そして高いヒールにこんなに気をつけたのも初めてだった。
突然終わってしまう日常に戸惑いもあり、残念な気持ちもあった。
でも何よりお腹の赤ちゃんが愛しかった。
心の病発病記
この「心の病発病記」のカテゴリでは、私の心の病の発病から落ち着いていくまでを書いていきたいと思います。
胃炎などの身体症状から、仮面鬱→鬱悪化→パニック障害→解離性障害という経過を辿っていきます。
発病にあたり、外部からの刺激が多々あり、それを自分の中で消化出来なくなり、それがあまりに増えた事が原因だと思っています。
最初は経度の鬱から始まり、階段を転がり落ちるように悪化していきます。
やっと床に叩きつけられ、後は上がるのみか・・という期待を抱くとさらに床が抜けまた叩きつけられる。
それを幾度となく繰り返して・・・。
そんな数年でした。
回復という言葉に現実味を持てなくなる程酷い日々でしたが、今こうして振り返る事が出来るようになりました。
外部からの刺激というものは、身近な人達の行動や言動もあります。
それを書く事は、その人達の中傷になりうるのではないかという疑問が自分の中にあります。
ですが、そこを書かずに私の症状を淡々と書いたところで、心の病の難しさが伝わらないのではないかと思うのです。
発病から約6年。
先に言ってしまえば、原因の多くが旦那であるけいちゃんの病気に対する理解の無さや、心や育児に無関心だったという事が大きいのです。
ですが、今は私の良き理解者であり、立派な父親となりました。
まだまだ、伝わらない思いに衝突する事はありますが、以前と劇的に違うのは「理解しようという姿勢」です。
周囲の殆どがまるで心の病気に理解がなく、理解しようともしてくれず、それが6年経って見渡してみれば皆が歩み寄ってくれるようになっていました。
それで今の私がいるのだと思っています。
そのような中で今ここでまたその理解してくれなかった頃の事を書くのは複雑でもありますが、今心の病気に悩み、そして有り難くも私のブログに立ち寄って下さった方に何かの参考になる事があれば・・という思いから、書いていこうと思います。
途中、不愉快な表現など出てくるかと思います。
私の判断になってしまいますが、それでも出来る限り公開出来る範囲で忠実に書いていこうと思っています。
子供の自殺、育児ノイローゼからくる幼児虐待。
悲しい事件が後を絶ちません。
しかし他人事ではないのです。
心と体の健康について、真剣に考えていきたいと思っています。
この世に生を授かるというこの上ない奇跡と大チャンスを手に入れたというのに、
そしていつかは命をそっとたたむ日がくるというのに。
過去はもう変えられない。
未来なんて分からない。
だったら過去や未来に思い悩む時間はそれ程いらないはず。
変える事が出来るのは「今」だけだから。
どうせ悩むなら「今」の事を。
私の周りが笑顔で溢れる事を願って・・。
父と食道癌
父の食道癌発覚が2月26日。
早いような遅いような、そんな気持ちです。
昨日、抗癌剤の二度目の投与が無事終了しました。
一度目よりも副作用が辛く、ほとんどご飯は食べられなかったそうで、私の所へも久しぶりに電話がかかってきました。
血液検査などは異常が無く、今週一杯くらいで退院する事が決まっているそうです。
時間を持て余している様子の父。
でもそれくらい元気だという事です。
弟は昨日から実家に帰っています。
それで母の気もだいぶ紛れるでしょう。
母もパートを始め、観光地での食堂を手伝っているそうです。
「嫁いでから働きに出るなんて初めてだわ。」と母。
母は、来月東京に来るまでの辛抱だと思っているみたい。
こちらに来る事で少しは金銭的な心配は軽くなると良いのだけれど・・・。
手術してしまえば、いつ動けるようになるか分からない、だから今のうちに好きな事を思い切りやりたり。
友人との付き合い、釣り、ゴルフなどなど。
父の当然とも言える気持ちです。
そしてその気持ちに精一杯答えたい。
何でも好きな事をやらせてあげたい。
けれど、無収入の中で父があちこち出掛けるという事は出費がかさむ。
笑顔で送り出したい、でも正直お金の心配が頭をよぎる。
そんな自分が嫌になるという母。
「流月、お金貯めといてよ。」と冗談交じりに母は言います。
そして必ず「かと言って、家にばかり引きこもらないでよ。気分転換に使うお金は必要だよ。」と付け加えます。
皆の心配ばかりしている母。
「お母さんは今一番大事な役割を果たしてるよね。お母さんが倒れたら、お父さんもお婆ちゃんも途方に暮れてしまうよ。」
と言うと
「そんな事言ってくれるのは流月だけよ。」と。
姉も弟も同じ事を思っていますが、伝え方が違うんです。
姉は冷静だし、弟は少し照れ屋だから、ぶっきら棒に見えてしまうようです。
私は鬱になったり子供の大病で、「伝えたい事を伝えないで死んだら、どんなに後悔するだろう」と思うようになって。
もしかしたら今日にでも交通事故で死ぬかもしれない。
それは私かもしれないし、母かもしれない。
誰にだってその可能性はあるのですから。
だったら今言いたい事はその時に伝えようって思っています。
そう思ってから、私の言葉は誰に対しても以前よりだいぶストレートになったと思います。
「遠まわしな言い方」というのをあまりしなくなりました。
伝わらなければ、意味がないから・・。
父も今は周囲の反応に過敏になっている時だと思います。
父の心が少しでも明るくいられるように。
「私はいつも心配しているよ」って、それを伝える事しか出来ないけど。
病室から満開の桜が見えるそうです。
UFO目撃
正直あまり興味はないのですが・・・UFOです。
興味がないっていうのは、いてもいなくてもどちらでも良くって、でもこの広い宇宙で生命体が地球にしかないってのも、不自然かなと思う程度です。
今年、初めてUFOを目撃しました。
実家に帰った時。
買い物をして駐車場へ。
運転席に姉、助手席に私、後ろにりゅう、けいちゃん、姉の子供2人が乗っていました。
外は真っ暗。
姉が携帯をいじっていました。
私一人ぼ〜っと空を見ていたのです。
すると丸い光が5つくらい繋がって空に見えました。
「お〜飛行機だ」と思ったんです。
しばらく見ていると、その直線だった5つの丸い光が突然ウネウネとし出したんです。
それはまるで空に浮かぶ巨大な光る蛇。
「なんだ、あれ・・・??」とそのウネる物体を見ていると、その光を底辺にして、光が更に浮かび上がりました。
その形は、、例えるなら、クリスマスの時によく見るベル(リボンはついてないですよ)
物体は蛇行しながら、建物の影に隠れたきり、見えなくなりました。
ここで初めて流月「おー!!UFO!!」と声を出します。
「どこどこ??」と姉とけいちゃん。
「もう見えないけど(ノ_ _)ノ」と私。
誰も盛り上がらず、姉は「きっと今日記憶を消されに宇宙人が流月のとこに来るよ」と。
TV見すぎじゃないの〜??
UFOかは分からないけど、飛行機じゃないでしょうね。
私は「未確認飛行物体を確認してしまったv(≧∇≦)v イェェ~イ♪」と騒ぎましたが、家に着き両親に話しても、「へ〜」で終わりました。
姉も子供の頃UFOを見た事があるそうです。
オレンジの巨大な光が、実家の屋根の上にあったんだって。
UFOは信じますか?
私はいてもおかしくはないと思いますが、見てしまったので、これからは信じたいと思います。
微々たる霊感
皆さん霊感ってありますか?
流月は下の中くらいの霊感があるようです。
遺伝もあるかも。
母親の血筋が霊感があるんです。
それと土地もあるのかなぁ。
私の実家の方はそんな話は日常茶飯事。
でも我が家「幽霊屋敷」って呼ばれてましたよ(笑)
皆怖いって言うんですが、慣れます。
私の霊感の程度ですが、声が聞えたり、感じたりはありますが、それに比べたら見えるのは少ないかもしれません。
でもね、会話は出来ないので、ただ見るだけ、聞くだけで解決とかはしてあげられないのです。
それと寝ている時見る夢は、小さい頃から変です
知らない人達と知らない場所。
いつもそんな感じです。
霊というものを信じない方は、何故信じないんだろう?
見えないから、が一番多く聞く理由かもしれません。
ただ、心や魂というものは生きている時から目には見えませんから、亡くなって、肉体が無くなっても心や魂も跡形も無く消えた・・とは言い切れないのではないかと思っています。
体は傷も見え、レントゲンに映ったり、数値に表れたりしますよね。
だから肉体には限界があるんだと思うんです。
「肉体という物質」だから。
心にいくら傷がついたって見えないですしね。
肉体より余程酷い傷があったって、肉体が傷ついていなければ誰も分からないのです。
この表現ではなかなか伝わらないですかね^^;
でも私は霊というものの存在を全く疑う事はないというか、理由は沢山あるので、徐々に書いていければと思いますが、そもそも見えるので、疑いようがないですし、その理由も最近になって江原さんの本などで、今までの疑問がどっと解決した感じがあります。
江原さんは好きだけど、別に信者的な感じじゃないですよ。
ただ、今まで沢山霊的な本とか読んでもイマイチ納得出来なかった事が、江原さんの言う事は納得出来る事ばかりなので、参考にしています。
多分これから沢山「怖い話」と呼ばれるものを書いていくと思いますが、TVなどの怖い番組と違うのは、あんなに恐怖を煽る書き方はしないです。
っていうか出来ないです。
あれはやっぱり番組ですから、怖い所で終わるじゃないですか。
私は日常での出来事なので、オチがあるというかなんというか(笑)
とっても現実的な怖い話になると思います。
私の家族が誰も怖がりじゃないので(全員慣れた)TVみたいに「キャー!!((o(;△;)o))」ってのは無いです。
うちの母親「我が家は家族が多いわねぇ・・。家賃払って欲しいくらいだわ」って言ってましたから
でもね、学ぶ事も本当に沢山あるんです。
よく分からないのがですね、生きている時は大好きで、亡くなった時もとても悲しむのに、霊となって会いにきてくれると怖がるという・・。
謎すぎます。
入れ物(肉体)が好きだったのか?と聞きたい。
全身見えたら怖くて、体の一部分だけ(手だけとか顔だけとか)見えたらもっと怖いとか・・分かんないなぁヽ(~〜~ )ノ ハテ?
お天気と体調
今日も東京は微妙なお天気です。
目覚めはいまいち。
立ち上がって数歩歩いたら立ちくらみがして、一瞬目の前真っ暗。
倒れてしまいました。
りゅうも鼻詰まりが悪化して苦しそう。
けいちゃんは頭痛と吐き気で横になっています。
調子が悪い日って、皆調子が悪い事が多いです。
お天気や気圧の影響って大きいなぁと感じています。
私が初めてお天気と体調の変化を知ったのは高校生の時。
当時付き合っていた彼氏がたまに頭痛を起こす人で、内科の医師に「雨雲が頭上に来ると頭が痛くなるんですよ。」と言われて、なんのこっちゃ・・・だったんです。
雲が頭の上に来ると頭が痛くなるって、何て曖昧な。
どこを基準に雨雲って決めるんだ!?
と思った記憶があります。
でもその話が妙に頭に残りました。
そう思ってみると雨の日は頭痛が起こりやすい。
冬の間はどうにも体調が悪い。
あの時の医師は気圧と体調の変化を言っていたんだと思いました。
当時の彼氏は金髪で悪ガキでしたから、分かりやすいように言ってくれたんですよね。
膝が悪い人や腰痛持ちの人は雨が降ると痛くなるというし、私も冬は足の神経痛が起こります。
曇り空だったり、変に肌寒い日は体調もどこがどうという事もないけどぱっとしない。
朝から頭痛がする日は大体カーテンを開けると雨が降っています。
お天気の影響を受けないようになるにはどうしたらいいんだろう?
まずは適度な運動。
そして食生活。
他にあるかな。
今後の課題です。
ヤフオクトラブル男性編
ヤフオクに参加するようになって6年目です。
きっかけは、妊娠してキャバ嬢を辞め、洋服を売りたかったから。
スーツやワンピースを中心に何着かありました。
あとは・・・コスプレイベントで使ったセーラー服とか(笑)
セーラー服を出品した時、他の商品とは比べ物にならないくらいアクセスがあって、ちょっと怖かったです。
セーラー服といっても、衣装用なので、スカートとかすっごい短いし、そのわりにウエストは大きいし、結構適当な作りでした。
忘年会などで使いそうなものです。
もちろんそれも記載していました(忘年会とは書かないけど)
セーラー服と、ルーズソックスと、ローファーのセットです。
出す時は、まぁ売れればいくらでもって感じで100円くらいで出した気がします。
結局落札額はそれほど高くなかったですが、アクセスが1000くらいいきまして。
えぇ・・・落札してくれた方は男性でしたが、男性だと思っていたので驚きはしませんでした。
よく分からないのが、キャバ用スーツも半分くらい男性が落札されるんですよね。
何に使うのかな
殆どが問題なくお取り引きは終了しますが、たま〜に困った方がいらっしゃいます。
連絡くれないとかはありがちですが、結構そういうのは具合が悪くない限り気長なので気になりません。
全く音信不通は困りますけど、予定より入金遅れます!と連絡くれれば一ヶ月でも待ちます。
今回は(って事は続くのか?)男性の困ったさんをご紹介します。
お一人目。
まずは軽いとこから(笑)
入浴剤の詰め合わせを出しました。
都内の男性が落札してくれました。
ただ、入浴剤は重いので、落札額より送料の方が高くなってしまいました。
入浴剤自体は定価よりだいぶお安く落札頂きましたが、送料が入ると定価と同じくらいになってしまいました。
申し訳ないなぁと思いましたが、その入浴剤は私の地元の県産品だったので、価値観ですが、その方が落札してくれたので良いのだろうと思いました。
メールには「商品より送料がかかってしまって申し訳ないです」というような言葉を添えました。
そしたらこの男性
「○○日に丁度そちらの近くに行くので、取りに行っていいですか?」と。
その気持ちは良く分かります。
取りにくれば580円お得でしたから。
でも近くに来ても自宅付近となるとやはりバスやら電車やらのお金はかかります。
その時住んでいた所は駅から20分という不便な所だったのです。
若干疑問も残りつつ、
「自宅に来るんですか?」とは聞けないし、
「発送したいんですけど」と言えば「送料払うのはこっちなんだぞ」って話だろうし、
「どこでお渡ししましょうか?」と聞けばどこかでお渡ししなければいけないし。
キャバ嬢という経験上、見ず知らずの男性と会うという事に警戒しているところがあります。
なので
「良いですよ。ただ、私は子供が小さいので、決められた時間に必ずお渡し出来るというお約束が出来ません。
ご迷惑をおかけするといけませんので、主人に頼みますね。その日は主人の仕事が休みですので、ご都合の良い時間いつでも大丈夫です。」
とメールしたら
「じゃあ、やっぱり発送して下さい」との返信が。
ヾ(ーー )ォィ
じゃあ・・・って
けいちゃんじゃ駄目なのね・・・。
お二人目。
都内の方が落札してくれました。
お取り引きをすすめるメールを交わしますが、必ず世間話を書いてきます。
オークション内容プラス
「今日は仕事で○○に行って来ます。雨が降ってるしだるいな〜・・」という感じ。
なかなかの長文です。
無視する訳にもいかないので
「気をつけて行ってらして下さいね。」などと書いていました。
あまりに世間話が多いし、それもやたらに私の事を聞くので返信に困り、正直早く取り引きが終わって欲しいと思いました。
「お子さん小さくて大変ですね。ずっと一人で育てているんですか?」
そんな事聞いてどうするんだ。
その頃はあまり自分の事を聞かれるのが好きじゃなかったんです。
そして今より別の意味で心が狭かったので、途中からはシカトです。
この男性にはとっても嫌な予感がしました。
何故か??
う〜ん・・・。
キャバ嬢の勘でしょうか・・。
本来買って頂いてシカトはあまりに酷い。
私もこれが最初で最後でした。
でも取り引き内容に関係ない事にあれこれ答える必要などないと思いました。
女性の方は時々いらっしゃいます。
子供用品を売ったりすると「子供が喜んでいました♪」なんて言ってくれるママさんがいたりして、とっても嬉しくなり、一言二言子供の話をする事もあります。
「お互い子供がいて大変なので、お取り引きはゆっくりで構いませんよ」と気遣ってくれる方もいて、本当に感謝なのです。
基本的に、私は女性の物しか出品しないんです。
後はりゅうの物だけど、それも落札して下さるのはママさんが多いですしね。
この男性も私の洋服を落札したんです。
取り引き終了から数日後。
携帯に非通知で電話が。
出ると見知らぬ男性の声。
男性「今どんなパンツはいてんの?」
流月「・・・・・・。」
男性「ねぇ今何色のパンツはいてんの?」
ブチっとね、切れたわけですよ。
りゅうが寝てたんです。
やっと休憩だったんですよ。
あのオークションの人だって思いました。
だって、適当にかけてきたわりには、女が出るって知っていたようだった。
流月「それ聞いて、どうすんの?」
男性「・・・・。」
流月「どうやってこの電話番号を知ったんですか?」
男性「・・・・・。」
流月「あんたがかけてきたんだよ?何か言いなよ。どうやって知った?」
男性「別に・・・どうやっても・・・・・」
流月「適当にかけただけ?」
男性「そうだけど。」
流月「このケータイ、オークション専用にしてんだよね。」(嘘です)
男性「え!?あの・・・っ」
流月「2度とかけてこないでね。」
男性「分かりました・・・・。」
分かりましたじゃないよ!!!
腹が立って、警察に行きたい気分でした。
けいちゃんに言ったら
「よくそんな事言えたなぁ。俺ならビビッちゃうよ。」
そんな感心はいらないよ
この事があり、オークションで自宅住所を記載するのを止めました。
けいちゃんの会社の住所にして、電話番号も自宅にしました。
このオークション専用電話は、この時は嘘だったんですが、持っていた事もあり、やっぱりイタ電が多かったです。
携帯は避けた方がいいみたい。
今でもヤフオクは活用しています。
殆どはとっても良い方達ですし、自分も良い出品者であり、落札者でありたいと思っています。
難聴の原因
昨日耳鼻科で難聴の原因について聞いてきました。
二つ考えられるそうで、一つは音を伝える神経が弱くなっている事。
もう一つは音を伝える水があるそうなのですが、その水が何らかの原因で多くなり溢れたりするそうです。
神経の方は分るとして、この水の説明はいまいち意味が分りませんでした。
つまりは体の水分のバランスが悪くなって、耳の周りの水分量に異常が生じているという事らしいですが、あまりピンときません・・。
溢れるって言われても・・。
でもこの二つが原因と言われているだけで、実際はよく分らないんだとか。
薬の効き目も個人差がかなりあると言われました。
遠まわしに治るか分からないと言われたんだと思いますが、今は普段の会話に困らないので、不便は感じていません。
ただ耳が詰まるような違和感は気になります。
それはやっぱり聴力が落ちているせいなんだそうです。
そしてこの二つの治療を同時にしています。
神経を改善させるのが
メチコバール錠
ATP腸溶剤
ビタミンB12だと言っていました。
副作用もほとんど心配はいらないそうです。
水分量を調節する薬が
メニレット70%ゼリー
水を抜く薬だそうです。
そう聞くとなんか不味くても食べなきゃいけない気がしてきました。
先生にも相談したんですが、この薬、本来水薬だそうで、そちらはもっともっと不味いんだそうです。
これ以上不味いなんて、絶対飲めない
毎日大量のコンデンスミルクをかけて食べています。
体にすっごい悪そうなんですが、こうでもしなきゃ食べられないんです。
チョコレートシロップも試したいところ。
難聴って、大音量で音楽を聞いてるとなるイメージだったんですが、そのようなお話は出ませんでした。
来週聴力検査です。
私が行っている耳鼻科の聴力検査室って、お隣の診察の声が聞こえてきて、集中出来ないんですよね。
防音が低いんです
ランキングに参加しています(^人^)
行き先決まらず
久しぶりにヨガに行こうと準備をして自宅を出ました。
でもど〜にも気乗りがしない![]()
急遽耳鼻科に行くことにしました。
耳鼻科は空いていて、お薬をもらい終了。
あのまず〜いゼリーの薬は1日一回にしてもらいました。
今はCAFEでランチ。
菜の花のパスタを食べました。
美味♪
これからどうしよう。
今日は行動が定まりません。
一度帰ってジムに行こうかな。
不運が続く
父の癌治療、りゅうの風邪とアレルギー、私の難聴と続いていますが、実家のお婆ちゃんが昨日目を怪我したそうです。
畑仕事をしている最中に、農薬が風で巻き上げられ、それが目に入ったのだそう。
誰もそばにいなくて、目を開けられない激痛に耐えつつ一人で徒歩30分の道を帰り、また30分歩いて病院へ。
母は父のお見舞いでいなかったのです。
地元の病院はとても小さな診療所で、「ここでは何も処置できない」と帰されました。
そこへ母が帰宅。
母も片道車で1時間以上かかる父の病院から帰ったばかりでしたが、またすぐお婆ちゃんを乗せて片道1時間の眼科へ。
その農薬がとても強い物で、洗っても徐々に目の中の何か(聞いたけど覚えていないとか)が溶けていくのだそう。
しばらく通院になるそうです。
無収入生活が続いている中、母が僅かながらにパートを始める予定でしたが、お婆ちゃんの通院でそれが難しくなりました。
不運とは続きますね。
でも嘆いていても何も始まらないので、まずは私も体調を安定させなければと思います。
まず〜い!!
今は難聴のお薬を飲んでいます。
昨日でやっとステロイドは終わり、今日からお薬が少し変わりました。
難聴って中耳の障害で、血流を良くするお薬が使われるようです。
長年それはもう沢山の種類と錠数のお薬を飲んできましたが、こんなのは初めてみました。
その名も
メニレット70%ゼリー30g
ゼリーなんですよ。
カップに入った。
まだ画像の載せ方が分からなくて載せられないんですが。
調剤士さんに「一日三回お召し上がり下さい」って言われました。
「味が悪いと評判なので、あまりに食べ辛かったらレモンを絞って下さい。そうすれば少しはマシかと・・・。」
こんな説明を受けた薬なんて過去ありません
それでさっき初めて食べてみたんですよ。
スプーンでね。
そしたら・・
まずっっΣ( ̄ロ ̄lll)
黒糖?コーヒー?
そんな感じの味を甘苦くして、それも味を濃ーーーくしたもの。
これを一日3回なんて無理だよ〜。
吐きそうな程まずい・・・。
めまいや利尿作用、緑内障の眼圧降下に作用
とありますが・・。
めまいはないんだけどな。
それを伝えても出たって事は関係あるのかな。
とりあえず・・レモンを買ってこよう。
そして来週先生に無理だって言おう・・・。
やっぱり時々聞き取り辛い時があって、何度も聞き返す私にけいちゃんがイライラしています。
今朝も3回聞き返したら
凄く大きな声で言ってきて、心臓がバクバクしました。
そしてとっても悲しくなった。
難聴って結構大事だと思うんだけど、けいちゃんは全然心配じゃないみたい。
母親は「ストレスじゃない?実家に帰ってきたら?」
と言ってくれるけど、父の抗癌剤治療が始まったばかりなのに、難聴の私が帰ったらもっと大変だもの。
帰れるわけがない。
その分の交通費があるのなら、父の治療代にしなきゃね。
色々あって心が晴れない。
でも笑顔、笑顔・・・。
1分の為に
初めて携帯から投稿してみます。
まだまだこのブログの使い方が分かりません(-"-;)
今日は先週受けた子宮癌の検査結果を聞きに産婦人科に行きました。
結果は異常なし!
良かった〜♪
検査は1〜2年に一度受けて下さいと言われました。
不正出血がなければ、2年くらい先で良いのかな。
先生とお話したのは1分。
その為に2時間半待ちましたよ![]()
でも異常が無かったので良しとします(^O^)/
お腹が空いたな〜。これから遅めのランチです。
何食べよ♪
私の頭痛
私の頭痛歴は小学生高学年から。
リアルでは私より頭痛が酷い方に会った事がありません。
でもネット上では沢山いらっしゃるようで、「大変ですよね」なんて言葉では現せない程だと思います。
頭痛が無かったら、人生違ってただろうなと思うくらい、私に付きまとって離れません。
小学生から鎮痛剤のお世話になっているので、今胃が弱いのも納得かもしれません。
という事は、これから胃腸ももっと弱っていく可能性があるのかも。
と思う反面、私のおばあちゃんは一日に鎮痛剤を毎日1〜3回は飲むそうなので、胃腸は精神的なものかなとも思ったり、この辺は不明です。
小学生の頃の頭痛は稀で、覚えているのはキャンプをしに行った夜、皆が騒いでいる中、頭がガンガンして、一人楽しめなかった事があります。
中学の時も薬を持ち歩く程ではなかったのですが、修学旅行で頭痛が起きて、ご飯も食べられないくらい痛くて、でも内気だったので先生にも言えず、そしたらクラスであまり好かれていなかった女の子が心配してくれて、「風邪薬ならあるんだけど・・」とくれました。
それでスッキリ治り、その後の旅行を楽しめました。
その恩は今でも忘れていないし、その後も私が「その子を嫌う」仲間に入る事は当然ありませんでした。
高校生になり、鎮痛剤を学校に持って行っていましたが、この頃も飲むのはまれだったと思います。
肩凝りなども一切なかったし、起きるとすれば偏頭痛のみだったので、頻度もかなり少なかったんだと、今は思います。
卒業して社会人になり、生まれて初めて人間関係に悩み、社会の凄さを知り、社会人の責任感に押しつぶされ、巨大なストレスに向き合い、毎日頭痛が起きました。
鎮痛剤を毎日飲みましたが、この頃胃の症状はありませんでした。
過食傾向で、パン1斤を一度に食べたり、お弁当とパンとカップラーメンを一度に食べても、満腹にならず、過去最高の体重になりました。
11ヶ月で辞め、実家に戻り、3ヶ月で体重も元に戻り、頭痛の頻度も激減しました。
それからしばらくしてお昼と夜かけもちするようになり、毎日頭痛が起きて、大量の鎮痛剤と栄養ドリンクを飲んでいました。
22歳の頃です。
さすがに時々胃が痛くて、この頃から胃薬を飲み始めました。
とは言っても、全て市販薬です。
23歳で再び東京へ出て、キャバクラ嬢に。
頭痛は酷く、客席でよく薬を飲んでいました。
アルコールが入ると、ほとんど頭が痛くなりました。
ビール、シャンパン、カクテルが比較的平気で、焼酎、ワイン、ウイスキー、ブランデーは頭痛度が高かったです。
日本酒、バーボンは味が無理でした。
妊娠と共に頭痛が酷くなりました。
妊娠すると頭痛は軽減する方が多いらしく、まれに酷くなる人もいると言われましたが、またもや「まれな人」に含まれてしまいました。
イブはもちろん、鎮痛剤は子宮にの血流が悪くなるから、一切飲んではいけないと言われました。
だされたのは小児バファリン。
バファリンのみ、大丈夫なのだとか。
でもバファリンは合わないのと、やっぱり妊娠中に薬を飲む決断が出来ず、一度頭痛が始まると丸3日は寝込みました。
つわりで猛烈な吐き気と割れるような頭痛に、涙が止まらず、誰もいない部屋でひたすら痛みに耐えました。
吐きにトイレに行くと、お腹に力が入るたび、頭が割れるんじゃないかと、何で私がこんな思いをしなければいけないのかとひたすら泣いていました。
そしてふと妊娠しなければ、こんな思いをしなくて済んだのではと思ってしまう私は母親失格だと、まだ動きもしないお腹の赤ちゃんにいつも謝っていました。
それでも薬を飲む事が出来ませんでした。
りゅうが無事生まれ、予想外に母乳が良く出ました。
けれど薬が飲めない。
頭痛がきたらどうしようと、一晩中なくりゅうを抱っこして、不安で仕方ありませんでした。
でも薬を飲むという選択は、我が子より自分をとってしまう気がして、飲めませんでした。
そんな思いを抱えながらいたら、5ヶ月くらいで母乳が止まってしまいました。
姉に「母乳はストレスで簡単に止まってしまう」と言われました。
母乳が止まった時、「やっと薬が飲める」と安心した私を、やっぱり母親失格だと思いました。
誰に相談する事も出来ず、けいちゃんとの会話も無く、辛い日々でした。
でもそれからまた鎮痛剤に頼る毎日でした。
りゅうは次々病気にかかり、独りで育児に向きあっていた私は、頭痛が起きたとか起きないとか、自分の事に構っている余裕はなかったように思います。
そして今に至ります。
こうして書いてみると、いつも母親失格だと自分を責めてばかりいました。
妊娠中から病んでいたのだと思います。
今は鎮痛剤を飲むために母乳を断念する事など、たいした事ではないと思います。
ミルクの良さもあるし、ママが楽な方が、子供は嬉しいのですから。
子供の為にと不必要な我慢をしていた私は、単なる自己満足を追求していたに過ぎません。
私の頭痛歴はこんな感じです。
頭痛を誘発するものは・・・
音
光
匂い
天候
人ごみ
寝すぎ
寝不足
肩凝り
目の疲れ
ストレス
栄養の偏り
薬の副作用
運動不足
遺伝
緊張
温度
PMS
と何でもかんでも頭痛が起きるんです(+o+)
楽しい事をしていても起きます。
大好きなラルクのliveでさえ頭が痛くなるんですから、hydeに申し訳ないです^^;
遺伝は、家系が全員頭痛持ちなのです。
弟でさえ、鎮痛剤を持ち歩いてます。
心の病になってからは、痛みがどんどん強くなって死ぬんじゃないかと不安に襲われたりして、どうにもなりません。
一人でいる時、夜中はとても怖くなります。
胃炎が酷い時も鎮痛剤を入れるのが怖いし、一生この頭痛と付き合っていくかと思うと、かなり嫌気がさすのですが、軽減出来る策がきっとあると信じています。
そして私の頭痛が軽減される策が見付かったら、沢山の人の参考になるんじゃないかと、もはや人体実験気分です。
私は沢山薬は飲めないので、薬以外の方法を探していきたいと思います。
捨てたヽ(*^^*)ノ
今日は徹底お掃除です。
突然思い立ったのですが、家にあるいらないだろうけど捨てられなかった物達を捨てようと。
そしたらあるわあるわ・・・。
ゴミ袋4袋分!!
でも全然広くならないのは何故・・。
膨大にある本やビデオテープ、DVDの置き場所がないので、とても乱雑に見えます。
本当は一気に整理出来る棚でも欲しいのですが、いずれ引っ越し予定なので、その時にそのお部屋にあった棚を買いたいと思いつつ、でも片付かない事に苛々しつつ・・。
りゅうのお子様ランチについてきたおもちゃや、ゲームのカード、折り紙など細かいものが多いんですよね。
使わないのに、捨てると怒るし。
しばらく気付かないのに、気付いた時すっごい怒る。
でもそんな子供心ってなんか分かるから、今までとっておいたけど、あまりに使っていない物は捨てました。
いつか使うかもってとっておいてしまうんですが、使わない方が多いです。
たま〜に「あ〜捨てなきゃ良かった!」って思うけど。
いらない物を捨てると新しい物がまた入ってくるって言うし。
沢山捨てたらスッキリしました。
よし!
これからもいらない物はどんどん捨てて、余計な物は買わないようにしようっと(o^∇^o)ノ
最近の体調
心の病の方は落ち着いていて、精神科は先月?先々月?行ったきりで、お薬は飲んでいません。
主に抗不安薬のワイパックスと寝る前にグットミンを飲んでいました。
薬にとっても弱くて、激鬱時にパキシルなど沢山のお薬を試しましたが、どれもこれも駄目。
唯一大丈夫だったのがワイパックスだったのですが、それもめまいが出てきて、年中めまいに悩まされていました。
主治医は「不安がめまいになって現れる事も多い」
と言っていたので、服薬を続けていましたが、やっぱり辛くて、薬を止めたら治まりました。
薬は飲むのも辛いし、断薬すると離脱症状でまた辛い(ノ_・。)
どうにもならない体なのです。
やっと少しだけ心の平穏が訪れたと思ったら、父が食道癌に・・・。
現在抗癌剤治療を続け、それが終わったら手術です。
りゅうは5歳にして花粉症、その他アレルギー。
私はここ2週間程花粉症が悪化しのたかストレスか、低音性難聴に。
よくまぁ次々と・・。
まだけいちゃんが健康なだけとても救われています。
難聴治療に今はステロイド剤を飲んでいます。
少し怖いのだけど、こういう時ってなり始めた時にしっかり治さなければいけないらしくて。
大好きなLIVEにまた行く為に、しっかり服薬しています。
りゅうはやっと花粉の季節が終わりかけいるというのに、風邪をひいてしまいました。
健康って大事ですよね。
これは毎日思います。
皆少しずつ元気になっていこう。
ブログ開設!!
旦那のけいちゃんと5歳の息子りゅうとの3人暮らし。
5年間の水商売を経て、妊娠発覚、結婚、出産。
突然始まった結婚生活と育児。
そんな中子供が大病をしてしまい、ショックから立ち直れず、鬱病、パニック障害、不安神経症発症。
子供の頃から体が弱くて、頭痛持ち。
自分の弱さに時々本気で嫌になる。
でも諦めたらそこで終わってしまうから・・・。
自分の努力で自分ってどこまで変えられるのかな?
もっと健康になってりゅうと笑って毎日を過ごしたい。
まだまだやりたい事だって沢山ある。
夢を叶える為に、もう少しだけ頑張りたい。
簡単に自己紹介をします。
名前 流月(ルツキ)
好きな音楽 LArc〜en〜Ciel HYDE 浜崎あゆみ 倖田來未 安室奈美恵
健康の為に始めた事。
アロマセラピー ヨガ ジム ハーブティー 心理学
最近のお気に入り
読書 cafe巡り 雑貨屋さん巡り
アメブロからこちらにお引越ししてきました。
ブログタイトル「colorful」はカラフルな毎日を送りたい、カラフルな人になりたいっていう思いを込めてつけました。
思えばずっとなにかの枠に捉われていて、「自分はこんな色じゃなきゃいけない、自分はきっとこんな色」って決めつけて生きてきた気がするんです。
もうそんなのとっぱらって、もっと自由にありのまま。
私の色はその時々にcolorfulに輝きますように。
文章を書くのは大好きです。
下手ですが・・。
これから思うままにまったり綴っていきます♪
「父と食道癌」カテゴリのみ、今日の開設以前の日付ですが、アメブロで書いていた記事を移行しています。
退院
先月31日に無事抗癌剤の投与が終わりました。
投与中も思ったより父は元気でした。
途中吐き気が出てきてご飯を食べられなかったりした時があり、電話が途絶え心配でしたが、ほとんど毎日電話もくれました。
投与直後は副作用など全くなくて、気が抜けてしまった程だったようです。
投与が終了して、副作用はすぐなくなり、食欲も戻ったそう。
「毎日暇で仕方ないから、病院をウロウロ歩き回っているんだ。
階段で1階から7階まで上がったり下りたりしてるから、足が筋肉痛だよ。」
と笑う父。
そして経過が良いので今日一時退院するそうです。
本当に良かった。
その反面前回の話 は何だったんだと思うのですが
不安を煽られただけでした。
「抗癌剤を打って退院した人など見たことがない」って、じゃあ父が一人目なんですか?と聞いてみたいものです。
(性格悪い)
母も昨日は自ら医師に治療の経過や今後の予定を説明して欲しいと願い出たそうで、話合いの時間を取ってもらったそうです。
「どうして良いか分からない」とずっと言っていた母も動き出したように見えます。
一時退院して、二度目の抗癌剤がまた始まります。
そして二度目も終わる頃、地元では桜が咲くなぁなんて思ったり。
そしたら、また東京に来て手術。
最近は弟も頻繁にメールをよこします。
弟は今まであまり実家とも連絡を取っていなくて
「便りがないのは元気な証拠」と母も言っていたけど、
本当に、病気を機に便りは増えるものだと改めて思っています。
時代は変わり、メールに姿を変えたけど、病気の時は支え合わねばという気持ちは変わらないですね。
父にはどちらかと言えば反発していた弟。
今は心から心配しているし、文句が言えないのはこの上なく淋しいみたい。
私にくれるメールは他愛ない日常の話に父の話題が入っている。
いつも頭にあるのだなと思ったり。
この間は
「俺の給料、もっと増えねぇかな・・・。」
と。
長男として、実家の家計は気になるし、
いざとなれば、自分が支えなければと思っているんでしょうね。
大黒柱が倒れ、実家は先の見えない無収入が続いています。
これは考えると恐ろしい事。
ローンはそんな事に関係なく襲い掛かるし。
父の存在の重さを改めて実感します。
それと同時にけいちゃんの重さも。
けいちゃんも、「いざとなれば俺が何とかするよ。弟君にはまだ流月のお母さんとおばあちゃんとお父さんを支えるのは厳しいだろうから。だけど長男のプライドは守ってあげなきゃね。俺も長男だから、そういう気持ちは何となく分かる・・・。」
でもけいちゃんにだって厳しいよ。
だけど皆がそう思っているなら、きっとどうにか出来るよね。
今日は夜に父に電話します。
今まで父からの電話を待つばかりでしたが、やっと私からかける事が出来ます。
最近絵葉書と、綺麗な記念切手を見つけては買っています。
父に、何日かおきに出そうと思って。
今の所、東京タワーの夜景の葉書が多いです。
綺麗な東京の景色も、また父が来る日を待ってるよって。












