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父親の自覚
2002年 秋
性別はやっぱり男の子だった。
病院の帰りに電話でけいちゃんに伝えると「もう確定なんだ?まだ分かんないよね?」
認めたくない様子。
この人本当に父親になれるのだろうか。
不安、不安、不安・・。
2週間に一度の健診。
赤ちゃんの画像を撮ってもらえるようになっていた。
持ち帰る度、まるで興味が無い様子。
赤ちゃんの事も健診の事も、けいちゃんから聞いてくる事は無かった。
私の情報源は育児雑誌と出産経験のある姉だけだった。
出産準備に必要な物など、全部雑誌を見てメモをしていった。
里帰り出産の予定だったから、早く家に帰りたくて仕方なかった。
普段は私の体に気遣ってくれ、荷物を持ってくれ、けいちゃんは優しかったと思う。
でも家事は「無理してやらなくていいよ」という。
それはけいちゃんは優しさのつもりだろう。
でもやらなければいけない事を、やらないのは解決にならない。
結局家事とは溜まるもので、限界がくれば私がやらなければいけないのだから。
ほんの少しでもいい。手伝って欲しかった。
けど、まだ本音を言い合える仲じゃなかった。
男はプライドが高い。
良い意味でも悪い意味でもなくて。
そのプライドを出来れば守ってあげたかった。
女にあーだこーだと言われるのは男は指図されるように受け取る場合が多い様な気がする。
女はそんな気は全然ないのだけど。
けいちゃんは里帰りする事に心底ほっとしていた。
何だか良く分からない「出産」という一大イベントが面倒なのだ。
子供が生まれるのは嬉しいけど、そこで俺は皆が感心するような対応が出来るだろうか?
そんな事を考えている。
流月が苦しむ姿がただ単純に見たくない。
血を見るのが怖い。
我が子といえど、血まみれで生まれてくる子供が可愛いとか愛しいとか思えない。
正直、父親になるという感覚がまるでない。
「立会い出産したいならこっちにいるけど」わざと言ってみる。
「絶対俺無理。血見たら倒れるし。怖いよ」
見るだけで怖いなら、生む方の恐怖は想像できますか?
私の気持ちなど、考えようともしてくれない。
「流月も実家の方が安心だろ?落ち着いた中で出産した方がいいよ。
お父さんとお母さんも喜ぶと思うし。」
けいちゃんは常に自分を話しにいれない。
自分の発言で何かが決まって、その責任を取るのが嫌だから。
話だけ聞けば実家側を考えてくれる「良い旦那」
人の事を考えているようで、自分の事しか考えてない。
私は「誰より一番先に子供が見たい」と言って欲しかった。
つわりが治まりつつあっても、体調はいつも優れなかった。
お腹が張りやすくて、外出もかなり時間がかかった。
そんな私にけいちゃんはいつも合わせてくれた。
優しいと思う。
けいちゃんが旦那で良かったと思う。
そして夜になれば、また私を触る。
怒りと悲しみと諦めと。
けいちゃんい対する気持ちが分からなくなる。
ううん。
分かるじゃない。
「奥さんが妊娠してさ。」
ってお客さんが良く言っていた。
その時は奥さんが妊娠してるのに、何故キャバクラに?と思ったけど、聞けばそんな人が多かった。
男と女は違うんだ。
ずっとそれを見てきたじゃない。
いざ自分がその立場になってみると、受け止めきれない。
そんな自分に驚いた。
全て分かったつもりでいたのに。
けど、お腹の子供の父親はけいちゃんなのだ。
それだけで愛しく思った。
愛しく思わなければいけないと思った。
指折り実家に帰る日が来るのを待った。
健診の話も、子供に対する夢も、他愛ない子供の話も、出産の不安や、楽しみや、日々変化する子供の動きも、誰にも話さず、そもそも、会話というものをせずに毎日を過ごした。
「私の声は出るのか?」時々分からなくなる程、声を発さなかった。
発する機会がなかったのだ。
店では数十人、時には100人以上の人達に常に囲まれ、
6時間喋りっぱなし。
それが日常だった。
この狭い部屋で来る日も来る日も一人。
私が何をして、何を考えているのか誰も知らない。
極度の不安と、孤独。
そして毎日続く体調不良。
結婚って幸せになる事だと思っていた。
妊娠ってもっともっと幸せな事だと思っていた。
そんな日々を過ごしているうちに、けいちゃんが帰って来る15分前に急激に具合が悪くなるようになった。
意識の違い
2002年 夏
それでもご飯を作ってあげたかった。
綺麗な家に帰って来て欲しかった。
でも私の体は指を動かしただけの刺激で吐いた。
描いていた「普通」の新婚生活からは程遠かった。
けいちゃんはあまり喋らない。
「無理しないで」それは優しさのつもり・・・?
けいちゃんが帰ってくるまで、不安で仕方がないのに、
帰って来ると余計具合が悪くなる。
何故なんだろう。
「お腹ヤバくない!?見せて」
大きくなってきた私のお腹を、まるで変わった動物を見る様な目で見る。
「最近動くんだよ」
「ふ〜ん。。。」
私には感動が大きかった胎動の瞬間も、けいちゃんにしてみればどうでも良い事だったのだ。
言わなきゃ良かった・・・。
私のマタニティ用の下着を見て
「あのでっかい下着嫌だなぁ。早く元のに戻って欲しい」
私は自分の手を胸に置いただけで吐いた。
布団の重さでも吐いた。
とてもブラジャーのホックを留められる状態じゃなかったんだ。
後で聞けば、完全に悪阻で入院が必要だったらしい。
でもそれも誰とも話さない私には分からなかった。
皆そうなのだと思っていたから病院では「大丈夫です」と点滴ばかり打って自宅に帰っていた。
病院まで10分の距離が歩けなくて、行き帰りタクシーで通院していた。
外にも出れない。
道路で嘔吐したら最悪だし。
外出が怖い。
一人じゃ何も出来なくなってしまった。
一日中を真っ赤なソファの上で過ごした。
テレビに食べ物が映る度に吐いて、チャンネルをころころ変えた。
この頃から感情が抑えきれない事があった。
けいちゃんは極限の吐き気で動けない私を触ってくる。
この状況をまるで分かっていないのか、分かっていても本能は抑えられないのか・・。
とにかく悲しくて、私ばかりが辛い思いをしている気がして悔しくて。
けいちゃんいに背を向けていたけど、涙が止まらなくなった。
「私に女と母親と両方を求めてこないで!!」大声で怒鳴った。
けいちゃんの手が止まった。
けいちゃんはいつも言った。
「子供の名前は俺が決めるから。親父から一字取ってさ。昔からの夢だったんだ」
そう・・。じゃ私が考えている名前はどこへ行ってしまうんだろうね。
自分の字を取って孫の名前が付く。
それはお義父さんもご機嫌だろう。
妊娠してから、最初の挨拶っきり一度も顔を合わせず、私のこの苦しみも知らず、気付けば孫が生まれ?
そして自分の名前から取った孫を腕に抱くって?
そんな出来た父親思いの息子を持って幸せだって??
世の中、出来た話もあるもんだね。
そんな幸せを私が作るとはね。
悪いけど、全然嬉しくないよ。
母親とはこんなものか。
嫁に来るってこういう事なのか。
自由と権限がなくなるって事か。
これから生まれる私の子供。
一生共にするあなたの名前には、私の希望すら聞き入れてもらえない。
けいちゃんの夢を叶える為に私は子供を生むのか。
最初は喜んでもいなくて、家に2人きりの時は、嬉しい素振りも見せないのに、人前では妊娠の経過や、生まれてくる子供の話。
私ですら初めて聞くような取ってつけた「幸せな家族」を見せたがるけいちゃん。
そんなけいちゃんの見栄の為に私は・・。
「女の子が欲しいんだ」とけいちゃんは言う。
「男の子だと思うよ」
「何で分かる?」と怪訝な顔。
「そんな気がするから。」
私も3ヶ月くらいまで女の子が欲しかった。
でもある時突然何故か分からないけど、男の子のような気がした。
それから日が経てば経つほど、お腹に女の子が入ってる気が全然しなくなった。
それを言えばいつもけいちゃんは不機嫌になった。










