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同じ夜
2002年 秋
時々キャバクラの友達や黒服からメールが入った。
「急に流月がいなくなってお客さんが驚いていたよ!」
「どうして辞めちゃったか聞いてたよ。」
「流月がいなくて淋しいよ〜」
現実味の無いメールだった。
私がいなくて淋しいなんて事が起こるんだろうか。
私はこんなに毎日一人なのに。
私がいなくて、その理由を知りたがる人なんて本当にいるんだろうか。
ここにいる事を知っている人は、私に構いもしないのに。
けいちゃんは分かっていない。
私がどんな世界に生きていたのか。
そしてそのギャップに今どれ程苦しんでいるのか。
私の思い描く結婚とは、ただ旦那と出かけたり、他愛ない話に笑い、一緒にテレビを見て、ご飯を食べて。
辛い時は支えあい。
それは理想が高すぎたんだろうか。
心で繋がりたい。
ただそう思っていた。
けいちゃんは、自分のすべき事は仕事であり、私に贅沢をさせる事で満足を得ていたようだ。
お金なんていらない。
贅沢なんていらなかった。
普通に生活出来ればそれで良かった。
これも私がキャバ嬢だったからだろう。
お金は自分で稼げる。
贅沢はしようと思えば自分で出来る環境にずっとあった。
お金だけで見れば、普通の人達より余程稼いでいたのだから。
けれど、お金で満たされる事なんてたかが知れていた。
お金なんていくらあったって満足しない。
一度に100万使おうが、200万使おうが、足りなかった。
きっと何千万使っても、それは一瞬の満足で、またすぐそれに慣れてしまう。
それが分かった時、ある意味お金という物に満足してしまったように思う。
お金はもちろん大事だけど、それよりもっと大事な物が沢山あった。
それは人に話せば奇麗事だろう。
でも実際もう使ってきたんだ。
それに、自分の為に使うお金って意外とつまらない。
客観的に考えるなら、お金はもう十分だと思う私の考えを、本来なら有難いと思うのではないかと思った。
でもけいちゃんは違う。
お金で満足しない私に納得がいなかいのだ。
「何故金で満足しない?」
そう思っていた。
お金で満足しない私を更なる贅沢だと思い、それはやっぱりまだお金が足りないんだと思っている。
けいちゃんはよく言った。
「悲しい事だけど、願い事のうち99%は金で買える。」
この言葉にはけいちゃんの気持が良く現われていると思った。
「悲しい事だけど」
悲しくなんてないはずだ。
あなたはお金が全てだと思っているのだから、それで願いの殆どが叶うなら、喜ぶべき事だろう。
なら何故悲しいのか。
お金で殆どの事が叶うというのは一般に聞こえが悪いからだろう。
そんな事を自分が思っているとは思われたくない。
だからとってつけたような教科書通りの言葉を選ぶ。
そして辻褄が合わない。
自分でもそれに気付かない。
私は99%とまでは思えず、私が欲しい物はお金で買えない物ばかりだ。
私が欲しいもの。
けいちゃんの心だった。
心で繋がりたい私と、体で繋がりたいけいちゃん。
それは男と女の感覚の違い。
良く分かっていた。
何人もの男の人を見てきたんだから。
でも体で繋がる事が出来ない今、明らかにけいちゃんは不満だったようだ。
私が具合が悪かろうと、嘔吐し疲れていようと、自分の欲求を満たそうとする。
「まるで人形みたいだ・・・。」
そう思った。
私の感情なんて関係ないのだ。
なら、感情なんてない方が楽なのに。
そしてそれをまた見つめる、もう一人の私。
喜怒哀楽が一切ないような気がした。
「風俗に行って来ていいんだよ。」
その言葉は本気だった。
こんな思いをするなら、風俗に行って貰った方がずっと良い。
けいちゃんだって、その方が良いだろうに。
けれどけいちゃんは行けない。
嫁が妊娠中に自分が風俗なんて、どこでどう間違って誰かにバレたら大変だもの。
思えばこんな夜がもう数ヶ月続いている。
日々涙
2002年 秋
やっとつわりが治まりつつあった。
姉が「つわりは出産まで続く人もいる。」と言うものだから、これが10ヶ月も続いたらどうしようと不安だったが、解放されると分かって嬉しくなった。
髪の毛を切りに行った。
吐く時に髪が邪魔で仕方なかったのだけど、切る間もなくつわりが悪化してしまったから。
キャバクラ嬢の時はアップにしたり、コテで巻いたり、長い方が都合が良かったのだ。
数ヶ月ぶりにいく美容室はとても新鮮だった。
それでもずっと通っていた原宿のサロンまでは行く勇気も自信もなく、近所の美容室。
元の生活に戻れた気がした。
急に煙草が吸いたくなった。
自販で、バージニアを目で追う。
この煙草、何年吸ってるんだろう。
だけど、お腹の子供に無理矢理ニコチンを吸わせる訳にはいかなかった。
私は子供が嫌いだった。
うるさいし、何を話して良いか分からないし、電車で子供が騒ぐとイラついて仕方無かった。
幼馴染の男友達は、私が「妊娠した」と言うと
「大丈夫か?虐待とか絶対するなよ!!何かあったら必ず俺に言えよ。流月が子供なんて生めるのかよ?ありえねー。」
と予想以上の反応をくれたっけ。
子猫はあんなに可愛いのに、人間の小さいのは可愛いと思えない・・。
それが、妊娠が判った途端、まだ見ぬ我が子は何て愛しいんだろう。
妊娠以来、子供達を見ると知らずと微笑んだり、ベビーカーをひいてるママを目で追ったりしている自分に気付く。
説明されなければどこが顔でどこが手足なのか分からない健診時の我が子の画像も、愛おしい。
毎回楽しみで、アルバムに貼った。
私って単純。
それとも太古から受け継がれた母性本能の凄さだろうか。
見るもの全てが輝いて、出産の怖さより何倍も楽しみだった。
けいちゃんは相変わらずだけど、きっと子供の顔を見れば変わるに違いない。
この子は祝福されて生まれてくるんだ。
妊娠発覚の時のけいちゃんの態度をどうしても忘れたかった。
毎日話しかけた。
生まれてしまえば呼ぶ事は無いであろう、私が付けたかった名前で呼んだ。
胎教に良いとされるクラシック音楽とは程遠く、母子共にラルク漬け。
大きくなったお腹を連れて、スーパーに買い物に行き、洗濯、掃除をして、やっとけいちゃんにしてあげたい事が出来るようになった。
周りから見たらどれだけ幸せそうに見えたろう。
けど私の精神状態は不安定だった。
だって、信じているけど、信じていたいけど、けいちゃんは未だに結婚した自覚も、父親になる自覚も一切なかったから。
「子供の名前は決まってるの?」
「だいたいね」
「何?」
「・・・・。」
会話が成立しない。
そんなけいちゃんを見る度に、底知れぬ不安に襲われて、やっぱり毎日泣いていた。
泣いてはお腹の子に「ごめんね」と謝っていた。
「ママ頑張るからね。一緒に頑張ろうね。泣いてばかりじゃ駄目だよね。強くならなきゃ、あなたを守れないよね。」
涙が止まらなかった。
けいちゃんは一日中お客さんと話して、やっと家に帰って来る。
もう口を開きたくないのだ。
私は誰とも話さず何時間も不安な時間を過ごし、唯一会話が出来るけいちゃんを待ちわびていた。
2人の心が通じ合う事は当然なかった。
時々奇妙な感じに陥る事があった。
つわりで辛かったり、けいちゃんへの思いで悲しさが募ると、それを受け止めきれずに錯乱しているような自分と、それをとても冷静に見つめる自分がいる。
夜、けいちゃんが寝付くと、悲しさはいつもピークになった。
この人は何も分かってくれない。
辛さも、不安も、喜びも、良い事も悪い事も何も分かち合えないんだ。
これが結婚なんだろうか。
私の思い描いていた結婚とは決して理想など高くなくて、水商売のわりに平凡だと良く言われたのだけど。
それはやっぱり、住んでいた世界が違い、感覚もおかしかったのか。
毎晩同じ感覚に捉われ、抜け出す事が出来ない。
どんどん深みにはまっていく。
もがき方すら分からない私を、ただ見つめる冷静なもう一人の私。
11月、やっと実家に帰る日が近づいた。
「雪が降り始めると帰るのが大変だから」
それが帰る日を早める事が出来た理由。











