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母乳があげられない母親
2002年 2月
翌日父、母、祖母が来てくれた。
でも私はとても体調が悪かった。
縫った痕も痛くて、まともに座れない。
両親、祖母も最初は赤ちゃんを見ていたが、すぐ会話は途切れた。
傷痕が痛くて、会話どころではないのだ。
長い長い沈黙が続いた。
何とも言えない気まずさに、余計疲れる。
母が
「赤ちゃんってこうも泣かないものかしら?ちょっと心配になるわね。」
その一言がとても気になった。
沈黙が続き、時計の秒針の音が聞こえた。
5人もいる空間とは思えない程の沈黙。
息苦しくなる気がした。
また母が口を開く。
「まだおっぱいはいいの?」
授乳の時間だった。
でもどうやってやったら良いんだろう?
父もいるのに、皆の前でおっぱいをあげるの?
とても抵抗があった。
出来なかった。
いくら母親になったからと言って、突然父の前で半裸になる事なんて出来ない。
でも母親ならやるのが当然なんだろうか?
母も少しくらい気を遣ってくれればいいのに・・・。
祖母も
「お腹を空かしていたら可哀そうでしょ!」
部屋から出て行って欲しいと思った。
赤ちゃんは可哀そうだと思う。
でもどうしても、皆の前で服を脱げない。
それからまた沈黙の時間が過ぎ、私のお昼御飯が運ばれてきた。
「じゃあお昼御飯なら帰るからゆっくり食べなさい」
と皆帰って行った。
ほっとした。
出来ればもう退院まで来てほしくない。
だってその度に授乳にドキドキしたくないもの。
もう誰もお見舞いに来て欲しくない。
皆が部屋から出て、すぐに授乳をした。
慣れなくて、とても時間がかかった。
でも一生懸命に母乳を飲もうとする赤ちゃんは愛おしく思った。
母乳が出るのは私だけ。
この子には私しかいないんだと思った。
母乳を飲むその姿からは生命の不思議さと強さを感じた。
まだ何も出来ない赤ちゃんが、唯一教えられなくてもやる事。
それが母乳を飲む事。
人間って生きる為に生れてきたんだ。
上手に飲めない赤ちゃんと、上手に飲ませてあげられない私。
お互いに時間がかかる。
まだ着替えもおむつ替えも何一つ出来ない。
フニャフニャで着替えの方法さえ分からない。
腕なんて折ってしまいそうだ。
どうにも着替えをしてあげられず、ナースコールを押した。
すると
「それで呼んだんですか!?」と不愉快な様子。
情けなかった。
「すみません・・・・・。」
でもあなたには当然の事でも、私は全てが初めてなので分からない事だらけなのに。
この不安な気持ちは分かってもらえないようだ。
看護婦なのだから分かってくれて当たり前のように思っていた。
苛立つように、荒っぽく赤ちゃんの着替えをする看護婦さん。
「やり方なんてないのよ。慣れよ。怖がってないでね。」
と言い放つ。
「母に赤ちゃんが全然泣かないねって言われたんですけど・・・。」
と言うと
「はぁっっ!!」
とあからさまな溜め息をつかれた。
赤ちゃんの服に手を入れると
「ギャァ」
突然寝ていた赤ちゃんが低い声を出した。
「これで良いですか?」
と呆れている。
「はい・・・すみません・・・。」
何をしたんだろう?
看護婦さんが出て行った後、赤ちゃんの服をまくりあげてみた。
内腿が赤くなっていた。
強くつねったらしい。
私のせいで、赤ちゃんがつねられた。
昨日やっとこの世に生れ出たばかりの私の赤ちゃん。
怒りもあった。
でも悲しさの方が大きかった。










