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帰りたい
2003年 冬
もう帰りたい・・・・。
いつもそう思った。
たった一週間の入院生活は長く感じた。
りゅうは夜中になると泣くようになった。
どうして良いか分からなくオロオロするばかりだった。
深夜2時。
りゅうの鳴き声が病院中に響きわたっている気がした。
看護婦さんは
「仕方ないよの。そうやってお母さんをお覚えていくしね。周りの人達もお互い様だから気にしないでね」
そう言い残して病室を出て行った。
ただ抱っこして話しかける。
りゅうは暖かかった。
やっと朝方りゅうは眠り、私も眠るが6時に検温で起こされる。
日中は授乳と自分のご飯と、おむつ替え、そして来客もある。
休む暇がなかった。
全身浮腫み、指を曲げるのが辛かった。
顔も酷い。
りゅうをつねった看護婦さんはすっかり苦手になってしまい、病室に入って来ると心臓がドキドキするようになった。
いつも
「あなたそんな事も知らないの?それも出来ないの?」
といった態度だ。
気も休まる時が無い。
とにかく早く実家に戻り、ゆっくりと寝たい。
心底疲れてしまった。
やっと退院の日。
この日も快晴だった。
初めて外の空気を吸ったりゅう。
大きな籠に揺られながら、りゅうはスヤスヤ眠っていた。
実家に着くと、皆とても嬉しそうに出迎えてくれた。
沐浴練習
2002年 2月
沐浴練習があった。
「あなたが赤ちゃんをお風呂に入れる事はないでしょう?」
と看護婦さん。
「え・・・?」
言っている意味が分からない。
てきぱきと準備をしながら看護婦さんは言う。
「今の若い人はあまりお母さんは入れないみたいよ。旦那さんも昔と違って育児に協力的だし、おじいちゃんやおばあちゃんも若いから、手伝ってくれるでしょ?だから沐浴練習とは言っても、見てるだけでいいですよ。明日もう一度あるから、その時もしやってみたかったらやってみてね。」
ほんの数分で沐浴は終わった。
赤ちゃんはとても気持ち良さそうだった。
少なくても私の両親は沐浴などしてくれないだろう。
けいちゃんはやってくれるだろうか?
どちらにしても、沐浴は生まれてから1ヶ月までだから、けいちゃんがする事はないけれど。
私がしっかりやり方を覚えなきゃ。
「赤ちゃんによってはお風呂が大嫌いで、お風呂の度に泣いてしまうのよ。
この子はお風呂が好きなみたいで良かったね。」
と看護婦さん。
本当に気持ち良さそうだった。
次の日。
また別の看護婦さんに同じ事を言われた。
今度は私も思っている事を言った。
「旦那は入れてくれないし、両親も沐浴は手伝ってくれないと思うので、私が入れる事になると思います。」
すると看護婦さんは
「そんな事ないわよ〜。お孫さん見たら可愛くて、何でもやってあげたくなっちゃうわよ!
だから今日も見てるだけでいいわよ。最近の若い人達はお母さんはあまり沐浴しないもの。
それにね、女の人が毎日沐浴してたら、手首が腱鞘炎になってしまうわよ。だから沐浴は男の人にやってもらってね。」
誰もやってくれないと言っているのに。
出来れば実践したかったのだが、見ているだけで終わってしまった。
でも多分出来そうだ。
そう思った。
赤ちゃんはこんなに気持ち良さそうだもの。
お見舞いに来る人達は思ったより多かった。
どういう訳か必ず授乳中にやってくる。
その度に男女構わず胸を曝け出さなければいけない事が心底嫌だった。
誰も気遣ってはくれない。
母親になるってそういう事なんだろうか。
女としての恥ずかしさは持ってはいけないんだろうか。
生まれてからもう3日経つというのに、まだ名前が決まらない。
昔から自分の親の名前の字を取って付けると決めていたわりに、全然決まらない。
けいちゃんは考えているんだろうか?
電話で何度もその話題になる。
「もうさ、考えてもキリないから、親の一字だけにしちゃおうかなと思ってさ。下に付ける字を決められなくて。」
なんて適当なんだろう。
その名前でこの子は一生生きていくというのに。
かと言って、私が下につける一字を提案するとそれは気に入らないらしい。
何が何でも「俺がつけた」というのが欲しいのだ。
母が言う。
「何日も赤ちゃんじゃ呼び辛いわねぇ。」
私だってそうだ。
親の一字っていうのにどうも賛成出来ない。
親に限らず、誰かの一字という事はその人のようになって欲しいとか、その人を尊敬しているとか誰かへの想いが常に重なる。
私は誰でもなく、この子はこの子のままでいて欲しかった。
誰に似るでもなく、誰かのようでもなく、この子の道を作っていって欲しい。
例えば、その名前を取った人が犯罪でも犯したらどうするんだ。
親だって、いつ仲が悪くなるか分からないじゃない。
この話をすると、けいちゃんは自分の親の悪口と自分の昔からの夢を否定された気分になるらしく、不機嫌になる。
確かにけいちゃんの考えを否定しているんだけど、私の考えも聞き入れて欲しい。
私があんな辛い思いをして生んだのに。
けいちゃんは何も苦しんでいないじゃない。
私だけ辛くて、子供の名前も意見すら聞いてもらえない。
「名前が決まったらおしえてね。皆呼び辛くて困ってる。そっちは傍にいないから、それが分からないだろうけど。もう大体は決まってるんだから、何でまだ決まらないの?顔を見てから決めるなんてさ、写真送ってから何日経つの?」
嫌味っぽい。
自分が嫌になる。
自分で決めると言ったんだから早く決めてよ!!
頭からそれが離れない。
名もない私の赤ちゃん。
それでも私が付けたい名前は付けられない。
それから二日後、名前が決まった。
お義父さんから一字取った「りゅう」という名前に、けいちゃんの一家は大満足で流月家は不満を洩らした。
「2人目はあんたがつけたらいいじゃない」
母は言ってくれた。
個人病院なので、サービスで写真撮影があった。
生まれた時から左目が上手に開けられないりゅう。
「両目開けて欲しいわね。」
と看護婦さんが抱っこしたり揺すったりしている。
「目を開けろ〜」
笑いながらふざけたように赤ちゃんを逆さにして揺らし始めた。
逆さにしたり、ぐるぐる回したり。
思いつく限りふりまわしている。
その行動に驚いた。
でも何も言えなかった。
りゅうは目を開けた。
「作戦成功!!
さ、今のうちに写真撮りましょう!」
両目を開いたりゅうの写真が、今も母子手帳に挟んである。











