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膿だらけの顔と血便
2003年 冬
やっと実家だ。
これでゆっくり出来ると安心した。
雪が降り積もる毎日だった。
私はとても気が張っていた。
大きな音にビクっとする。
ウトウトしていても、屋根から雪が落ちる度に起きてしまう。
反射的にりゅうをかばっている。
屋根から落ちる雪からりゅうをかばっている・・・。
そして誰かがりゅうに触るのが嫌だった。
まるで子供を生んだばかりの動物のような警戒心だった。
誰かがりゅうを抱っこすると
「私の赤ちゃんをどこへ連れて行くの?」
そんな気持ちになり、そんな気持ちになる自分がおかしいと思った。
あれ程優しかったお婆ちゃんの態度は変わり、あれこれ育児について口出すようになった。
心配してくれてるんだろう。
その気持ちは有難かったのだが、何かにつけ手を出したがるお婆ちゃんと、
「東京に行ったら全部自分でやらなければならないのだから、手出しは流月の為にならない」と言う母との意見は割れていた。
だんだんお婆ちゃんはエスカレートしていき、気付くと音もせず私の後ろに立っていたり、日に当てろだの当てるなだと言われ続けるうち、いつも監視されているような気分になってきた。
ただでさえ動物のように荒立った私の神経はますますピリピリした。
りゅうは退院後間もなく湿疹が酷くなった。
顔中、首、耳の中まで膿だらけになってしまった。
真っ赤になったその顔を一瞬でも見にきてくれた人に恥ずかしいと思った私は最低の人間だと思う。
そして血便が出るようになった。
赤ちゃんの便は柔らかいけれど、下痢をしているわけではないと習った。
だから下痢ではないんだろうと思った。
でも母乳を飲ませる度に血便が出る。
その頃父の小料理屋に内科の医師がお客さんとしてきていた。
妊娠中はよく相談にのってもらっていた。
心強かった。
その先生に相談した。
「大丈夫だと思うけどね。明日一応病院に来て下さい。たまに鶏肉でなる事があるんだけど、違うだろうしね。」
鶏肉なんて触っていない・・と思いつつ、やたらに手を洗うようになった。
次の日病院に行くと「新生児メレナの可能性があるので検査しましたが、異常はありませんでした。」
と抗生剤を出された。
こんな小さなうちから抗生剤を飲むのか・・。
生まれてまだ一か月も経たないのに。
ほんのわずかな薬をスプーンで小さな小さなりゅうの口へ。
悲しくなった。
それでも血便は止まった。
でも下痢のような状態は変わらなかった。
きっと下痢ではないんだろうな・・。
そしてその内科医は言った。
「顔の湿疹はアレルギーの可能性があるので、ミルクは飲ませないで下さい。母乳だけにしてね。」
母乳だけなんて、足りなくなったらどうするの?
そしてやっぱり足りなくなる。
泣き叫ぶりゅうを抱っこして、母乳が溜まるのをひたすら待つしかなかった。
お腹を空かしているのに可哀そうに。
ミルクを飲めない今、母乳しかないのに。
私はなんて役に立たない母親なんだろう。
りゅうが可哀そうで仕方なかった。
自分を責めた。
「何で母乳が出ないの?昔は皆母乳で育てたものよ。」
お婆ちゃんの言葉に涙が溢れた。
「じゃあ母乳が出ない人はどうやって子供育てるの?その為にミルクがあるんじゃん。
気にするな。」
姉の言葉に救われる。
夜中のりゅうの夜泣きはどんどん酷くなる。
夜11時くらいまではずっと寝ている。
そして0時になる頃起きて泣き出す。
朝方の5時くらいまで、ずっと泣いている。
床に下ろすと泣くのでずっと抱っこしているしかない。
居間に寝ていたので、テレビをつけて一晩やりすごす。
それでもりゅうを抱えたまま寝入ってしまう事もあった。
朝5時頃母が起きてくる。
「また一晩中泣いてたの?困ったわねぇ。さぁりゅうが寝たらあんたも早く寝なさい。」
6時くらいにやっと布団をかぶる。
6時半 お婆ちゃんが起きてくる。
8時
「まだ起きないの?」と起こされる。
「さっき寝たばかりなんだよ。」
9時
りゅうの母乳で起き上がる。
授乳が終わりまた寝ようとすると
「また寝るの?」とお婆ちゃん。
仕方ないので起き上がる。
毎日の睡眠時間は2時間くらいだった。
お昼はずっと寝ているりゅうに
「この子は良く寝て親孝行な子ね。泣かないし、楽な子で良かったね。」
皆そう言った。
いくら夜中に泣き通しで大変だと言っても、誰も聞いてくれない。
姉だけが夜中に時々メールをくれた。
そして毎日泣き声を早朝に聞いている母は
「この子は大変だよ」と言ってもやはり誰も聞かなかった。
皆が寝ている間泣き続け、起きると同時に寝るりゅうは、それは楽な子に見えたろう。
湿疹は悪化していき、皮膚が見えない程に膿だらけになった。
そして抗生剤を止めると血便も再発してしまい、オムツ替えの多いりゅうのお尻は赤くただれてしまった。
そしてオムツを替える度に大声で泣いた。
それでも内科医は「大丈夫だよ。」と。
こんなに泣いているのに本当に大丈夫なんだろうか。
ある日母がりゅうのオムツを替えて血便に驚いた。
「こんなに酷いとは思わなかった。」
大きな総合病院に行く事にした。
生まれてから一ヶ月もしないのに、何度病院に行くんだろう・・。










