| トップページ > 20080707 | ||||
人の目
2003年 冬
りゅうは毎日のように病院に行った。
近所の病院だったり、車で2時間かかる総合病院だったり。
血便の原因は分からないまま、抗生物質を飲ませている。
ステロイド剤を使わなければ、おむつかぶれも酷くなる。
夜中から朝にかけても変わらず泣き、乳腺は詰まってしこりが出来た。
体は浮腫んで、目の周りは真っ黒なクマ。
キャバクラ嬢の面影など消し飛んだ。
けいちゃんはこちらから電話しなければ、電話をよこさない。
お婆ちゃんの一日中の監視と、母親の「手を貸す事は流月の為にならない」という考えから、私は想像とは全く違う産後を送っていた。
神経は変わらずピリピリとしていて、物音一つに飛び上りそうな程心臓がドキドキする。
極度の睡眠不足、ストレス。
でもこれが当たり前なんだ。
皆こうやって子供を育てていくんだろう。
東京で生んだ方が良かったのかもしれない。
けいちゃんはりゅうが生れてもまだ父親の実感などまるでない。
りゅうの様子を伝えても心配している様子もない。
この大変な時を、けいちゃんも経験したらもっと違ったのかもしれない。
沐浴期間は一ヶ月だと言われたが、一ヶ月を過ぎてもベビーバスでお風呂に入れていた。
雪国の3月。
私が普通のお風呂に入れても、りゅうを受け取ってくれる人がいなければこの寒さでは入れられない。
ベビーバスが小さくなってきて、大変さが増した。
親戚がりゅうを見にきた。
「流月がよく生んだわねぇ・・・。」
お祝いの言葉に聞こえない。
ある日お婆ちゃんが
「正直流月がここまでやるとは思わなかったよ。出来ないって、お母さんに手伝って貰うんだと思ったけれど、お風呂も上手に入れてねぇ・・・。」
褒められているように聞こえない。
母親が
「だいぶおっぱいを飲ませるのが上手になったね。最初は・・言わなかったけど、やっぱり生んだばっかりだなって感じだったものね。」
りゅうに無関心のように見えて、私の育児を見てあれこれ思っている事に腹が立った。
母は気を遣っているのだろう。
言うと私が煩がるかもしれないと。
でも何も分からず不安なのだから、些細な事でもおしえて欲しかった。
私の育児に対する評価などいらない。
授乳が下手だと思ったなら、その時にどうしたら上手に出来るかおしえてくれたらいいのに・・。
思うようにいかない事が多い。
私は何も出来ないと思われているんだと思った。
頼りなくて、すぐ甘えて、そう思われているんだろう。
実際そうなんだろうか。
自分でも分からなかった。
でも私がやらなければ誰がやる?
甘えだろうとなんだろうと、私だって母親にもっと手伝って欲しかったよ。
出産後、まさか孤独を味わうなんて思わなかったもの。
普段ならば受け流すであろう全ての事が、正面から私にぶつかってきて、傷をつける。
疲れていた。
人の目に。
姉は私の状況をよく理解してくれていた。
「うちに泊りに来たらいいのに。一回間にミルクを入れたら何時間か続けて寝られるよ?
りゅうはお昼は寝てるし、私でもみれるよ。それに、これから外に出かける事も増えるだろうし、哺乳瓶の練習もしといた方がいいよ。」
お婆ちゃんに言われてから、母乳にこだわるようになっていた。
母乳が出ない母親なんて・・そんな気がしたのだ。
でも姉に言われて、母乳だけじゃ困る事もあると知った。
「誰かにあずける時どうするの?」
そっか。
そんな事も言われなければ気付けない。
でも姉の家に泊まる事は出来ない。
里帰りしている立場なのに、他の家に泊まりに行く事は、
まるで「実家が気に入らない」と言っているようなものだと
父が思うだろう、と母が言うのだ。
実家から姉の家まで車で15分。
それでも許されない。
でもりゅうは誰もみてくれない。
別にかまわない。
実際気に入らないのだし。
でも姉に迷惑をかけたくないし、父に嫌な思いもして欲しくない。
東京に戻る5日前。
姉が
「最後に出かけようよ」
と買い物に誘ってくれた。
出かける時に持った方が良い物を教えてくれて、車にりゅうのタオルを積んで迎えに来てくれた。
姉は私の状況をよく理解してくれていた。
初めて日中外出した。
姉の子供はよくりゅうをみてくれた。
「流月もりゅうももう東京に戻っちゃうんだね。淋しくなるなぁ・・。」
小学1年生の女の子の言葉に、本気で涙が出そうになる。
そんな事を思い言ってくれる人もいるのだ。
賑やかなデパートや沢山の移動で、りゅうは殆ど眠らなかった。
「もしかして、今夜は寝るんじゃない!?」
との姉の言葉通り、りゅうは朝4時くらいまで眠った。
私もりゅうを生んでから初めて夜中眠った。
臨月に入ってから、まともに睡眠を取れなかったから、何か月ぶりだろうか。
この日を境にりゅうの昼夜逆転は直った。
「良かったね。これで東京行っても少しは楽だね。本当に良かった!!あんたの目の下のクマは酷過ぎるよ。」
と姉は笑いながらとても喜んでくれた。
東京に帰る日。
待ちわびたこの日。
しばらく実家に帰るのは止めようと思った。
妊娠前の服などとても入らない私は、ジャージ姿で荷物をまとめた。
またマタニティを着る気になどなれない。
「流月、そんな格好で帰るの!?」
とお婆ちゃんは驚いている。
私だって好きでこんな格好で帰る訳じゃない。
「お婆ちゃんにとっては東京でも、私は自分の家に帰るだけだから。」
私はいつからこんな嫌な奴になったんだろう。










