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ダラダラ
雨だし生理二日目だし、外出する事なく終わりました。
整骨院だけは行ったけど。
急に寒くなったから、衣替えをしました。
りゅうのダンボール4箱にもなる、大量の着なくなった洋服達。
あげる程には綺麗じゃないし、でも捨てるのももったいないし…とまたクローゼットにしまいました(>_<)
夕飯なにしよー。
今日もけいちゃんは帰って来るのかな。
いつ別居するんだろう…。
変な状態が続いてます。
ついに布ナプ注文
今日ついに布ナプを注文してみました(^-^)/
べるさん(携帯からなのでリンクを貼れずにごめんなさい)のブログで布ナプなる物を知り、ずっと気になっていましたが、やっと注文しました。
たっくさん種類とメーカーがあって悩んだ悩んだ、頭痛くなりました。
結局、三社くらいの物が一枚ずつ入ってセットになった物を注文。
届くのが楽しみ〜♪
でも今日生理が来たから間に合うかな。
前の生理から47日目にしてきました。
高温期も低温期もガタガタです。
遅れると必ず生理が重いんです。
今日もイライラ。
りゅうにもイライラ。
セルシン投入〜。
だけど私、今までタンポンとナプキンの併用派だったんだけど、完全に布ナプに移行って出来るのかなぁ。
ナプキンだけだと、あの血液がだら〜と出て来る感じが凄く苦手で、あれだけで具合が悪くなっちゃうんです。
説明はあちこちで読んだけど、まるで布ナプの全貌を把握していません。
でも手作り出来るんですね!
下手だけどお裁縫は好きだから、いつか手作りしてみたいです。
それに布ナプって結構お高い…。
姉とのメール
少し前に姉とメールをしました。
別居が確定になったのを知らせたんです。
以前から「こんなに大変なのに、私の所に連絡の一つもない」と父と全く同じ事を言っていました。
姉「それでいいんだね?」
流月「いいも何も、話合いにならないんだもん。「皆で暮らせるように頑張ろう」と言えば、どうしたらいいか分からないとか父親の資格がないとか、主としてこれじゃ駄目だとか、俺がいると流月の具合が悪くなるとか言うし「じゃあ別居」と言うと決断出来ない、俺は別居を望んでいない と言うし。」
姉「私のとこに連絡ないしねぇ。」
流月「それ言ったよ。そしたら「何で姉ちゃんのとこに連絡しなきゃなんないの?」って言ってたよ」
姉「姉だから。それ以上の理由が必要?」
この返信を見て、涙が出てきました。
流月「ありがとう。でもそれでもしないと思う。」
姉「幸せに暮らしてるなら、何も言わないけどさ。りゅうの事があるでしょ。あんたは病気でしょ。その二人を置いて家から出て行くんでしょ。芸能人と飲んでたら楽しいんでしょ。
ほっとけ。」
私は携帯を前に泣き笑い。
するとまたメールが来て
「大丈夫だよ。流月ならやれるよ。一人でも大丈夫だよ。今けいちゃんが帰って来てないでしょ。それがずっと続くだけ。あんたはもうちゃんとやってるじゃない。
小学校とかこれから不安だろうけど、一つずつやる事が見えてくるし、助けてくれる人が必ずいるよ。
人に話しかけるのが苦手かもしれないけど、出来なくはなかったでしょ。
りゅうの為にって思ってさ、話しかけてごらんよ、沢山の人に。
今までどれだけりゅうの為にと我慢した?それに比べたら、りゅうの為に交流を深めて行ったり我慢にもならないでしょ。
これから起こる色んな事は、今までの結婚生活に比べたらたいした事ない。」
「結婚生活が苦しくて離婚する人達は沢山いるけど、子供を小学校にあげるのが不安だとあげない人は誰もいない」
姉はけいちゃんに一言物申したくて、直接メールをするかも、と言っていたけど今はしていないようです。
きっと姉も自分があれこれ言って、けいちゃんの機嫌を損ね、私にお金を渡さなくなったら困るからだと思います。
お金、お金、誰もがそうなってしまった。
私もそう。
「金で解決出来る事が一番楽」
そう言い続けてきたけいちゃん。
今でもそう思っているんでしょうかね。
ならば、是非金で解決して戴こうかな、と思うしかないですし、そう思う事は可能です。
勿論けいちゃんに限ってですけどね。
今日の時点で、けいちゃんはまだ家に帰って来ています。
今朝は4時頃帰宅して、何時に出て行ったのかな。
着替えはしているけど、ここ二日お風呂には入っていません。
どこかで入っているんだと思います。
2〜3日中に出て行くとメールが来てから、昨日が3日目でした。
もうその日も過ぎていますが、連絡はなし。
こうやって何も言わず約束を破るんですよね。
で、それを言うと怒るという・・。
私は徐々に眠れるようになってきました。
精神科受診
現在けいちゃんと同じ主治医に診て貰っていたのですが、いつ精神科で会うか分からないし(まだけいちゃんは2回しか行ってないけど)、主治医からあれこれ私の話を聞いたりされるのも嫌なので、私は精神科をこの機会に変える事にしました。
私の事を聞かれるのは嫌というのは知られる事が嫌なのではなくて、別居するのにお互いの情報をあまりに知っていたら、する意味がないだろうと思うのです。
以前も時々精神科を変えようかと思った事もありますし、何度か実際変えてきたんですが、酷い医師ばかりで運命の出会いはナシ。
でも今回はけいちゃんの事もあるので、紹介状を書いて貰い転院する事にしました。
以下主治医→主
私が診察室に入るなり
主「おぉ〜(笑顔)最近は旦那さんばっかりに会っちゃってねぇ。」
ばっかりって、2ヵ月くらいの間に2回でしょ〜。
相変わらず適当だけど憎めない先生。
主「どうですか?最近は?」
流月「旦那がおかしんですよね。」
主「(爆笑)」
つられて私も笑う。
流月「だって、敬語じゃなきゃまともに話してくれないんですよ。すぐ怒るし、とにかく会話にならないんです。」
「ほぉ?敬語?」とカルテに書いている様子。
流月「致します とか言ってるんですよ、私。もう夫婦っぽくないです。」
主「困った旦那さんだねぇ。別居とか聞いたんだけど。」
流月「そうなんだけど、まだ家に帰ってきます。出て行く所も決まらないまま別居の話をしていたんです。普通じゃないんです。言ってる事とやってる事が全然違うし、それ指摘すると怒るし。」
主「でもそれ、前からだよね(笑)」
流月「そうなんですけど。奴隷が欲しいとか言うんですよ。社員も服従する奴隷が欲しいんだって。」
主「旦那さん、ちょっとおかしくなっちゃんだね(笑)」
流月「おかしいってもんじゃないんですよ。でも病気っぽくないんです。」
主「そうなんだよね。とにかく別居は良いよ。あなたの具合が悪くなったら大変だから。」
流月「転院しようと思って。いつここで会うか分からないし。」
主「うん。それは良いと思う。普通は夫婦は一緒に診ないからね。」
流月「旦那は胸が苦しいっていつも言うんですよ。煙草吸いすぎだと思うんですよね。止められないんだろうけど。でも前回ここで戴いたコンスタンは効くみたいです。1日10錠くらいなら飲んで良いよねって言うから、良いんじゃないって言っちゃいました。駄目だよ、そんなに飲んだら。って言って欲しいんだろうなって分かったんだけど、言えなくて・・。」
主「うんうん。飲んだらいいよ(笑)駄目だけど。」
流月「お義母さんには「関わりたくない」って言われました。」
主「そんなお義母さんに流月さんが関わらないようにね(笑)」
普段こんな事を言う主治医じゃないんだけど、可笑しくて。
途中からは笑っちゃいました。
主「流月さんの具合は以前に比べたら大分良いんだよね?それを大事にしなきゃね。あの頃は本当に酷かったからね。あの状態に戻るくらいなら、別居の方が余程いい。別居してしばらくしたらセルシンとか必要なくなるんじゃないかな。」
流月「姉もそう言うんです。どれくらい元気になるか楽しみだねって。」
主「だよね。って僕がこんな事を言っちゃいけない。」
流月「それに、私ここにもう3年以上通ってるのに、なんで私が転院しなきゃいけないのかとも思うんですよね。でもそれ言うとまた旦那が怒るし。」
主「僕もずっと診ててあげたいけど、う〜ん今は旦那さんがねぇ・・。大丈夫、信頼してる先生のとこに紹介するから。
旦那さんね、この前来た時「流月は子供はとても大切にする」ってそれは凄く言ってたよ。」
流月「そうですね。子供は大切にしてますよ。だってまだ5歳ですよ?大切にするのが普通でしょう?」
主「普通じゃない人達もいるんだよね、きっと。別居したら落ち着くと思うんだよね、あなたの体調は。
不安もあると思うけど、今までずっとあなたは旦那さんの事で悩み過ぎてる。」
流月「旦那はちゃんとお金を入れてくれるでしょうか?」
主「それは大丈夫だと思うよ。この前ね「きっとすぐ淋しくなるから帰ると思います」って言ってたよ。
旦那さんが帰りますって言ったらどうするの?」
流月「それ、私も言われたんですよ。でも出て行きたいからじゃあ行きます。帰りたいから帰りますなんて都合良くは出来ないって言いました。」
主「うん。それはそうだよね。その辺はちゃんとしないと。出て行くより帰って来る時の方が大変なんだから。」
流月「それを分かっていないんですよね。」
主「分かってないだろうね。」
紹介状も書き終わり、私は席を立ちました。
流月「先生、ありがとうございました。次いつここに来るか、来ないか分からないけど、旦那の事、どうにかして下さい。」
主「あはは(笑)うん。分かりました。」
こんなに話す事はまず無いんですけど、今回はこんな感じでした。
セルシンとグッドミン、ムコスタを貰って帰宅。
この主治医の話を聞いても、けいちゃんを病気としては見ていないんですよね。
むしろ、ずっとそうだったんじゃん、くらいな感じもありました。
それが今は更にどうにもならなくなったんだね、と。
けいちゃんが父に電話したようですが、これと言った話もしなかったみたい。
呆れてるんだと思います。
それに父があれこれ言って、けいちゃんが怒って私にお金をくれなくなったら困るから。
皆、「お金だけ貰えたらいいじゃん」って言います。
けいちゃんがずっと望んでいた事。
「主の一番のやるべき事は家にお金を入れる事。
それさえしっかりやっていれば、他は好き勝手してても良い。」
だけどそれが叶った今、随分けいちゃんは不服そうですけどね。
信じられない出来事
また話が前後しますが、一昨日の事。
この記事の後です。
この日、けいちゃんはりゅうが通う保育園の園長先生に個人的に用事があり、保育園に行かなければいけませんでした。
私は別居が確定となった時点で、りゅうに
「もうパパは暫く帰って来ないよ」と言ってあったのです。
その事はけいちゃんにも言ってありました。
中途半端に会ったりすれば、またずっと会えるのかとりゅうが思ってしまう。
後数日で出ていくのだから、このまま会わないで欲しい。
けいちゃんに会って嬉しそうにしているりゅうを見るのが辛い。
だから今まで通り夜中に帰って来て、朝早くに出て行ってね。
というような事をメールしてありました。
なので、けいちゃんが保育園に行く前にりゅうを迎えに行こうと思っていたのです。
しかし、この日けいちゃんはとても機嫌が悪かったので、メールをしようと思いましたが、送信せずに止めました。
きっと分かっているだろうと思ったのです。
私が迎えに行く時間は5時過ぎだと知っているのだから・・と。
午後4時。
けいちゃんから着信。
出てみると
「ママ〜!」
りゅうの声でした。
私は心臓がぎゅっと握り潰されたような感じになりました。
「何してるの・・・・?」
「パパと一緒に帰ってきた〜」
ととても嬉しそう。
後ろから
「ママ、電話に出た?」とけいちゃんの声が。
何が何だか分からず、りゅうに何を言ったのかも覚えていません。
駐車場に迎えに行くと平然としているけいちゃん。
笑顔で駆け寄ってくるりゅう。
手がガタガタと震えました。
「なんで・・・・?」
「え?」
「なんで連れて帰ってきたの?」
「りゅうが帰るって言ったからさ。」
するとりゅうが
「りゅうね、早く帰りたかったからパパと帰って来たの!」
「あのさ・・育児放棄したんだよね?なのになんで会いたいからって、勝手に会っちゃうの?
私言ったよね?りゅうにはパパとは暫く会えないよって言ったよって。りゅうを混乱させないでよ。期待持たせないでよ。どうせ裏切るんだから。」
「はぁ・・・。俺さ育児放棄なんて言ってないよ?父親の資格がないとは言ったけどさ。」
別居という事その物が育児放棄だと思うのだけど。
「でも前に私がけいちゃんがしている事は育児放棄だと言ったら否定しなかったじゃない。」
「りゅうに見つからないうちに帰って来ようと思ったんだよ。」
入口が一つしかない小さな保育園で、見つからずにどうやって中に入るというんだろう。
「りゅうね、りゅうね、早く帰って来たかったの。だからパパじゃないの。ママ、怒らないで。りゅうが言ったんだよ。車にね、乗りたかったの。」
道路でりゅうが泣き出した。
「言ったら?もう乗せてあげられないよって。」
「言ったよ?仕事が忙しくなるから、今日でもう暫く乗せてあげられないって。」
仕事が忙しくなるから・・ね。
「ママ、怒らないで。りゅうが帰りたかったの!」りゅうはまだ泣いていました。
「良かったねぇ。会いもしないのに、かばって貰って。幸せだね。」
フンっとけいちゃんが鼻で笑った。
「ねぇ、どうして約束守ってくれないの?何で平気で破っちゃうの?」
「はぁ・・・・・。」
「そんな態度じゃ話合いにならないよ。」
「話合いっつーかさ。あぁ〜あ。俺行くわ。」とけいちゃんは背を向けて車に戻ろうとした。
この時急に眩暈がして、視界が歪んだ。
強烈な吐き気に頭がズキズキしてきた。
胸が苦しくて、呼吸をしてるのが他人のような感覚に襲われる。
こんな思いをしているのは、こんな事を言われているのは、きっと私じゃないんだ。
この怒りとも悲しみとも言えない感情は、私のものじゃない。
そう思い始めた自分がとても危険だと思った。
急いでこれは自分の感情だと認める作業が必要だった。
目の前にいるのは息子のりゅうで、うつむく先にあるのは石が転がっていて、草が生えていて。
確かにこれは私の眼に映っているものなんだ。
今いるのは現実世界なのだ。
一つ一つ確認が必要だった。
何だか全てが現実味を失いかけていたから。
視線をあげると・・・この人は・・・誰だろう?
旦那だという疑いのない気持ち。
当たり前すぎる現実なのに、認めない誰かがいる。
頭の中で沢山の声がしてきて
「お前にこんな事を言うのが、旦那なのか?赤の他人じゃないか」っていう
私とは口調の違う私の声。
あぁ・・駄目だ。
この声に自分を委ねたら自分じゃなくなる。
鳥肌が治まらなかった。
けいちゃんは少し怯えたようにも見えた。
けいちゃんを怒らせて、お金をくれなくなったらりゅうが困る。
「すみませんでした。」
私は言った。
「いや・・いいよ。」とけいちゃんが言った。
「申し訳ありませんでした。」
私はけいちゃんに頭を下げた。
だけど限界が近くて、それ以上その場にいる事が出来なかった。
りゅうの手を取り走り出そうとしたら、りゅうが
「痛い!!」と私の手を振りほどいた。
何も考えられなくて、りゅうはけいちゃんの車に乗ってどこかに行くんだろうかと思った。
とにかく、私はもうそこにはいられなくて、二人に背を向けて走り出した。
だけど、りゅうが気になって途中で振り返った。
すると笑顔でりゅうが追いかけてきた。
けいちゃんの姿は無かった。
手をつないでりゅうと帰った。
聞けば、りゅうには早く帰りたい理由があったのだそうだ。
毎日光テレビで夕方5時から6時までドラゴンボールが入っている。
5時に家を出てりゅうを迎えに行くので、毎日15分くらいしか見られない。
それで私は半分ふざけて
「あ〜あまた終わっちゃたよぉ。今日も少ししか見れなかったねー。もっと見たい!!」と言い、りゅうが
「しょうがないじゃん、テレビの時間はママが決めるんじゃないんだよ」なんて大人な意見をくれて、それが日課のようになっていた。
この日けいちゃんが早く迎えにきて、今帰れば最初からママにドラゴンボールを見せてあげられると思ったのだそうだ。
「ママ、毎日悲しそうだから、りゅう、今日だけ特別に早く帰ってママにいっぱいドラゴンボール見せようと思ったの。それなのに、ママ怒った。」と。
私が馬鹿だったと思った。
りゅうの気持を台無しにしてしまった。
ドラゴンボールを二人で見ながら
「ね?今日はいっぱい見れるでしょ?なのにママが怒ったんだよ。りゅう、車に乗りたいんじゃなくて、ドラゴンボールを見たかったの!」
車が大好きなりゅうが、そんな訳ないのだけど。
こんなに気を遣わせて、駄目なママだね。
「パパ、、もう車に乗せてくれないって?」と聞いたら
「うん。でもいいや。ママの自転車も速いもん。」
「そっか。ママ今日怒ってごめんね。ドラゴンボール、いっぱい見れたから嬉しいよ。ありがとね。」
「うん。ママ、間違っちゃったんだよね。間違った時は怒っちゃいけないんだよ。園長先生が言ってたもん。だからりゅうは怒らないよ。」
どちらが大人なんだか分からなくて、本当に情けないけど、りゅうの温かさに今日は包まれました。
けいちゃんはこの夜も昨夜も、夜中帰って来ても寝室に入って来なくなりました。
奴隷
眠剤を飲んだので、滅茶苦茶な文章になったらごめんなさい。
朝見て、あまり酷かったら消すかもしれません。
最近携帯から更新する事が多くて、コメントのお返事が遅れてます。
いつも温かいコメント、ありがとうございます。
けいちゃんが2、3日中に出て行くとメールが来ました。
安心しました。
この時間、いつガチャガチャと鍵を開ける音がするかと思うと、心が落ち着かないのです。
そして必ず何時でも鍵を開ける音で目が覚めて、息苦しくなります。
昨日からけいちゃんは何を言っても怒るので、こちらからメールをするのは止めました。
けいちゃんからメールが来た時は私は敬語です。
○○致します。
宜しいでしょうか?
恐れ入りますが…
誠に申し訳ございません。
そんな感じです。
すると気分が良いのか、すぐ返信が来るんですよね。
数日前に
「奴隷のような社員が欲しい」と言っていましたから、私も奴隷のように思われているのかもしれませんね。
もはや夫婦という間柄のような感じはありません。
りゅうは
「パパがいなくてもママがいるからいいよ」と言ってくれています。
「だけどパパも仲間外れにしないでね」と言われましたが。
セルシンの感想
セルシン、かなりいいです!
見事にイライラが消失します。
抗不安薬で少し眠くなるという初めての感覚もあります。
副作用も無し。
耐性がつくのが嫌なので、予防的には飲みません。
今は1日一回くらいかな。
今日は衝撃的な事が多すぎて、発熱しちゃってます。
一応けいちゃんにメールしたけど、シカト。
どーでもいいんですね。
今日懐かしい感覚に襲われました。
解離の感覚です。
頭の中で、誰かが私を押しのけそうな、そんな感覚。
あー歯が痛い…。
逆ギレ
直接あれこれ言うと、けいちゃんを追い詰めるかなと思い、いつもメールにしていました。
でも返信はありません。
これからは連絡方法がメールメインになるのに、どうするの?と言ったら、朝は仕事、昼も仕事、夜は帰ってるじゃん。と言われました。
帰ってきても漫画を見て寝るだけ、夫婦のゴタゴタをりゅうに見せるのは止めましょうと何も話さない事にしたのに。
それ以外は自宅にいない。
「あなたとは意思の疎通がはかれない」と言ったら怒った。
「けいちゃんが何も話さないから結局私が決めて、後で俺は何も言ってないと言うじゃない。」と言ったら
「どっちから言い出したかなんでどうでも良い事だ」と言うので
「別居をどちらから言い出したかはとても大事な事でしょう?」と言ったら
「別居以外の事だよ!!」と。
「流月がいつも俺が何も言わないと言うからそう言ったの!」
支離滅裂、何を言いたいのか分かりません。
とにかく凄い剣幕で私を馬鹿にしたような話し方をするので、黙りました。
「聞いてんの?」と。
「逆ギレされても困る」と言ったら
「はぁ〜〜(溜め息)で?まだ話あるの?」
「そんな状態では会話にならない」と言ったら
「あぁそう。じゃあね。」と。
「お父さんに電話してね。前から言ってるのにかけてくれないから…」
と言ったら
「前離婚の話になった時は結果だけおしえてくれって言われたからさ」
「今はあの時とは違うよ」
「そういう事だね。はいはい。」
なんでしょう、この態度。
でも私、すぐメールで謝りました。
気分を害してごめんなさい と。
私とりゅうはけいちゃんがお金をくれなければ生活出来ない。
腹が立つからとお金をくれなくなっては困るのです。
返信はないけど。
昨日の話し合いで別居が確定になった訳ですが、昨夜もけいちゃんは飲みに出掛けました。
朝会ったのですが
「昨日さー(ブルガリの)時計を見せ合いしてたら店に忘れてきちゃった(笑)」と。
楽しそうで何よりです。
決定
別居は確定となりました。
けいちゃんは終始無言。
自分が言ってきた事を後悔していたようですが、時既に遅し。
別居や離婚と言う言葉を安易に口に出すべきじゃなかったよね。
だけど遅い。
けいちゃんはどこに寝泊まりするのかな。
私には分からないけど、数日時間をくれと言っていました。
これからはりゅうと二人きり。
大変だけど、楽しめるように頑張ります。
けいちゃんは今日精神科に行ったみたいで、コンスタンを処方されたそうです。私も以前飲んでたけど、私には効きませんでした。
けいちゃんは、凄く効くと言っていたので、合う薬があって良かったです。
ブログを読み返す
けいちゃんに言われました。
「別居の話は俺から言ったんじゃないよ。」と。
はぁ??
変わらず毎日のように別居の話や、これからどうしていくかを話しています。
そんな日々も3ヵ月。
長い。
同じ話を3ヵ月ですよ。
私が別居を決めたと書いてから、私の気持ちは変わっていません。
違うのは私が東京にいるか、実家に帰るかだけの違い。
元からけいちゃんは「別居してもりゅうと流月には東京にいて欲しい」と言われていました。
それは自分が会いたい時に都合良く会えるからで、それは出来ないと私は言いました。
いつでも会えるなんて余裕を持って別居なんて大それた事をされても困るのです。
ずっとけいちゃんが別居の話をしてきました。
それに対し、家族として離れるべきではないと私は言ってきました。
皆で乗り越えていこうと、それが家族でしょうと。
でもけいちゃんは変わらない、いつも「分からない」を繰り返す。
それが例え親の影響であったとしても、それを親のせいにして、「だから仕方ないんだ」と言われても困ります。
私達はまた別の道を築いていかなきゃいけないんだし、原因が分かったのなら、そして親のようにはなりたくないと思うなら努力をしなきゃ。
だけどけいちゃんは言います。
「苦しい、辛い、具合が悪い。」
結局精神科に行ったのは一度きり。
パキシルは合わない、ワイパックスはお腹を壊す、ルボックスは飲みたくない。
ドグマチールは太るから嫌だ。
夜も眠れているし、ご飯も食べている。夜中まで飲んで、車で寝たりバーで眠って「閉店です」と起こされたり。
何の薬が必要なのか、私にも分からないです。
十分健康なんじゃないかと思います。
「じゃあヨガの呼吸法を教えてあげる、自律神経を整えるし、私は大分呼吸が楽になったよ。」と言ったら
「う〜ん・・・。」とやらない。
「バッチフラワーを飲んだら?」
と4本選んであげた。
3回でも飲んだのだろうか。
つまりは、辛くないんだろうと思うしかない。
「面倒」の方が勝てるくらいなんだろうと。
私、本当に別居してもいいと思っているんです。
一緒にいる事に拘ってきた6年間。
なのに私達は辛い時こそ離れてきました。
叶わない思いだったけど、家族が一緒にいるかどうかなんて悩む事ですら無いほどに当たり前だと思っていました。
だから苦しかった。
でももういいやって思うんです。
けいちゃんが出ていくのなら私達の生活は何も変わらない。
りゅうだってお友達と離れる事も、知らない保育園に行ってストレスを感じる事もない。
けいちゃんは念願だった好き勝手に朝までも昼までも飲んでいたらいい。
内弁慶ならば、優しく出来る他人とだけいたらいいじゃない。
父親の資格が無いなら、父親として何もしなければ悩む必要もない。
「亭主元気で留守がいい」がけいちゃんの理想ならば、別居は理想の究極じゃない。
たまに電話で元気かどうか確認すれば済むんだもん。
「結婚する前は、ただ家にお金入れて、皆でいてさ、簡単な事だと思っていた。自分の事家庭向きだと思っていたのに。」と言っていました。
だからどうぞこれからは、家にお金を入れるだけにして、籍は抜かずにいるのだから、けいちゃんが言う「皆でいる」という状態が続くのだから別居は全てがけいちゃんの思い通りじゃない。
「嫌な事からは眼を瞑り、眼を開けた時は全てが良い方に向いているといいな」とありえない事を夢見るけいちゃん。
その考えが嫌いだった。
でもけいちゃんに対してだけは今はそう思えるんです。
と言うか、けいちゃんの考えに合わせます。
別居して嫌な事は何も見ないようにして、そのうち何かが上手くいくといいなと。
何もしないのに、上手くいくはずがないんだけど。
それからも眼を瞑ります。
そして、では別居しましょう、いつ出て行くんですか?という話をし出したら
「ちょっと待ってくれ。」とけいちゃんが言い出したんです。
そして最初に書いた言葉です。
「俺は別居の決心がついていない」とも言うのです。
なので私はブログの「旦那話」のカテゴリを読み返してみました。
書いておいて良かったと思います。
読んでみて、やはり事の発端は私じゃない。
それに今回は沢山の人達に相談してきたんです。
また被害妄想や、記憶のすり替えのように思われて悩んだ私が馬鹿だったという事で全て片付けられるのが嫌だから。
なのでけいちゃんに言いました。
「他の人に聞いてみたら?今まで自分が何をして、何を話してきたか。」
それは自分の立場を悪くするのでしないと思いますけどね・・。
今日も話合いです。
もう今日で最後にしたいと言いました。
けいちゃんは何て言って来るかな。
まさか別居取り消しは無いと思うけど、その責任を負いたくないので、取り消してくれって言うかもしれません。
昨日は「あの時(別居、離婚を頻繁に言っていた頃)はそんな気分だったんだろうなぁ」と言っていました。
そんな簡単な言葉で片付けられる事じゃないですよね。
ボトル入りましたぁ〜
昨日からまた左耳の聴力が落ちてます。
なのでイソバイド様も復活。
飲むと数日で治まるけど、飲まないとすぐ聞こえなくなる。
原因が不明です。
気候って言っても、良いお天気ですしねぇ。
気分は晴れ晴れとするような日です。
常に方耳を手で塞いでいるような状態ですから、不快です(ノω・、) ウゥ・・・
自分の声が変に聞こえたりというとこにはまだいっていません。
私来月ライブがあるんだけど・・。
この前耳鼻科に行ったら、
どん!!
と置かれたもの。
な・・なんだこれ・・?
と思っていたら
「イソバイドです。」と綺麗な薬局のお姉さんが仰いました。
で・・でかい・・ですね・・。
「ちょっと重いですけど大丈夫ですか?」
と笑顔のお姉さん。
はい・・だって持って帰らなきゃいけないんでしょ・・?
前処方された時は一回分ずつスティックになっていたんですよね。
今回はイソバイド様のボトルが入っちゃいました。
それも2本も。
キャバクラなら黒服が大喜びだね、と思ったり。
あの不味いイソバイド様。
既に愛着すら湧きつつある気が・・。
でもちょっと居た堪れなくて、しまじろうに抱えて戴きました。
その作業がまた空しかったんだけど。(←やめたらいいのに)
今日の歯
ご心配戴いてありがとうございました。
昨日は痛みが全然変わらずでしたが、今日になり多少痛みが治まったようにも思います。
まだ顔は触れないけど、腫れが酷くなったという事もないです。
普通にご飯を食べて、外出も可能、頭の重苦しさも取れました。
やっぱり連日の頭痛は歯だったのかな。
ちょっと異常な程の服薬量だったので・・。
でも胃が壊れなかったのは、食べていたからでしょうね。
一食は抜いても、一日食べないなんて事はありませんでしたし、必殺ウイダーインゼリーは出たので、やばいかなとも思っていましたが、乗り切ったと思います。
多分・・・。
コメント欄にも書きましたが、一つの科や一人の医師の診断だけを受けるのは危険ですね。
耳鼻科で出されたのは抗生剤とロキソニン(私、効かないのに)と鼻水止め、アレルギー薬ですから、少し見当外れな処方です。
確かに私はアレルギーだけど、今は鼻水出てないし・・と言っても鼻水止めが出る。
謎です。
歯医者では抗生剤のロキソニンじゃない鎮痛剤を貰いました。
良い先生なので、「ロキソニン効かないんです」と即座に言えました〜。
他では言い出せずに処方されたロキソニンが自宅に沢山あります。
痛いと言えばロキソニン。
頭が痛くても、肩が痛くても、膝が痛くてもロキソニン。
これはどこかで書いたっけ?
うちの母、ロキソニンを「安定剤のようなもの」と言われて処方されていたんですよ。
びっくりしちゃった!
「ようなもの」なんて凄い曖昧な説明。
確かに鎮痛剤なので、痛みが取れて本人は安定したような気がするでしょう。
でも安定剤って言われたら、出かける前とか不安な時に飲んじゃいます。
「鎮痛剤を予防的に飲むのはとても危険」と言う医師いるように、絶対良くないと思うんですよね。
頭痛持ちが痛くならないようにと、痛くもないのに毎日鎮痛剤飲むようなもの。
いざ本当に痛い時に効かなくなってしまうかもしれないし、胃にもかなり負担がかかる。
「ロキソニンは鎮痛剤だよ」と言ったら今度は母が驚いていました。
話がそれましたが、このまま歯と顔が落ち着いてくれたらいいなと思います。
原因が分かった
やっと原因が分かりました。
歯の神経が壊死していて、それが腐敗、行き場が無くなり顔へ行った。
だそうです。
神経を取る処置をして貰いました。
今後激痛が来る可能性が無いとは言えないと言われましたが、今はスッキリしています。
「CTの予約をして来たんですけど。」
と言ったら
「えぇ!?9割方必要ないと思うよ」と言われました。
「手術は?」
「無いだろうね(^o^;)」と言われ、とても安心しました。
ここの歯科医の先生、大好きなんです。
「せんせー痛いよぉ(><;)」と言えちゃう先生。
今回も話だけで、何がどうなっているか分かった名医。
歯医者に行くと思っただけで、胃炎→胃カメラなんて事から卒業させてくれた先生。
感謝です。
このまま治まるといいなぁ…。
べるさん、ネコさん、ありがとうございます!
病院巡りの1日、とても心強かったですm(_ _)m
ムカついたー!
総合病院の耳鼻科、終わりました。
医師の横柄な態度にムカムカムカ…。
「何だか分からないね。鼻じゃないと思うけど、CT撮ったらでかい袋があるかもしれないしねぇ。
ま、歯からきてるかもしれないないなら、歯医者行ってよって話なんだけどさ。だからってじゃあどこの歯医者がいいのかは分かんないな」
だって。
「CTは撮ってみる?どうしたい?分かんないよねぇ。あはは。」
だって。
難聴を繰り返してると言ったら
「う〜ん。訳わかんないね。煙草じゃない?」
煙草で難聴になるんかい。
頭にきたので、ここで病院名と医師名を書きたい勢いですが、私は一児の母なので止めておきます。
二度と行かない事は確かです。
もう完全にストレスなんですよね。
歯の治療から来てるのかもしれないけど、抵抗力が弱くなってて、こんな事になるんだと思う。
耳もそう。
体が普通じゃないのを感じます。
でも精神的には比較的まともなので、まだ救われてますけど…。
時々自傷願望に襲われるけど、私がほんの少し擦りむいただけでりゅうが凄く心配してくれるから、理性がある限りそれはしません。
自傷ってなんでしたくなるんだろう。
痛いのが嫌で、こんなにも病院に行ったり、薬を飲んだりしているのに。
これから、歯医者に行ってきます。
区役所にも行かなきゃだし、やり切れるかな(;_;)
別居したら何もかも一人なのだから、練習ですね。
診察の結果
耳鼻科に行ってきました。
診断名は難しくて覚えられませんでしたが、歯の治療が原因かもしれないと言われました。
副鼻腔に炎症が起きているんだろうと思うが、鼻からではなくて歯からだろうと。
顔が腫れてきていて、状態はあまり良くないと言われました。
総合病院を紹介されて、明日行って来ます。
明日行うかはわかりませんが、CTを行い、酷ければ手術をする場合もあるそうです。
手術となれば顔に傷が残ると思います。
無傷で生んでくれた親に申し訳ないなぁと。
けいちゃんは笑ってました。
顔に傷が残ったら、この先離婚になったとして、再婚出来ないんじゃないかと、呑気な事を思ったりしてます。
薬は抗生物質とアレルギー薬、鎮痛剤です。
夜を乗り越えた
おはようございます。
無事朝を迎えました。
思ったより眠れました。
痛みは昨日と変わらずですが、酷くはなっていないので良かったです。
これで異常無しって事があるのかなぁ。
そう思って何度もそういう事があったけど。
でも今回は副鼻腔炎とかじゃないかなと思っています。
病院に行ったらまた報告します。
歯も痛い
あぁ…歯も痛くなってきました。
顔の右側半分が全部痛い。
口の中も右側半分だけ痛いです。
右目の奥も痛い。
今日は眠れないだろうな…。
りゅうが元気で良かった…。
触れない
お風呂に入りましたが、顔にシャワーが当たっただけでも痛い。
まばたきですら痛い。
炎症を起こしているのかもしれません。
夜が長いなぁ。
早く明日になって、病院に行きたいです。
痛い・・・
顔の痛みが酷くなってきています。
何もしなくても痛い・・。
頭も少し痛いです。
明日になったらもっと酷くなっている気がします。
いつも眠ると余計に酷くなるんですよね・・。
セルシンも全然効きません。
炎症を起こしているのかなぁ・・・。
耐えられない痛みになったらどうしよう。
銀座に痛み専門医があるらしくて、来週予約が取れたら行ってこようと思っています。
ただそこは自由診療だそうで、つまりは保険が利かないんですね。
だからあまりに莫大にかかりそうなら、どこかの大学病院に行ってみるしかないです。
明日の耳鼻科でなんて言われるか・・・。
あぁ・・・・・痛い・・・・。
今日もけいちゃんはいないし、こんな時は本当に不安。
なんとかりゅうのご飯は終わりました。
これで別居なんて出来るのかな。
でも今もいないんだから同じか・・。
顔面痛
今月は毎日頭痛で、毎日鎮痛剤を飲んでいます。
7月半ばから鼻の右側を押すと痛くて、治ったり痛くなったりを繰り返していたのですが、今日になり急に悪化。
午前中はずっと寝ていました。
口の中も痛くて、右半分の歯が全部痛い。
激痛じゃないけど、気になる痛さです。
以前にも痛くなった事があり、3ヶ月くらい続きました。
ネットで調べたら、頭痛も含めた顔面痛のようで、抗うつ剤で良くなる事が多いみたい。
それも三環系。
飲める気がしません。
水が口の中全部にしみますし、口を開けると顔が痛い。
明日耳鼻科でレントゲンを撮って貰おうと思います。
何科に行けばいいのか分からないけど、鼻の横が一番痛いので耳鼻科に行きます。
鬱モードです。
いくら頭痛持ちとは言っても今は異常だと思う。
けいちゃんとは変わらず別居するかどうかで話あってます。
ブログの更新が追いつかない程、話があちこちに動き不安定です。
気分がぱぁ〜〜っと晴れないかなぁ。
頭が重いです。
お義母さんの言葉
話が前後しますが、私がこの記事を書いた直前にお義母さんと電話で話していました。
私が聞きたかったのは
「別居して実家に帰ったら、もうりゅうに会えなくなると思いますが、その事についてどう思いますか?」という事。
お義母さんの答えはこうでした。
「流月ちゃんが決めるなら、私が何か言える事ではない。」
どうしてこう誰もかれもがりゅうと二度と会えなくなるかもしれない決断をあっさり出来るんだろう?
りゅうは愛されていないんだろうか?
そう思ったら悔しくて泣けてきました。
私は時々お義母さんに状況を話していましたが、いつも
「私には何も分からない」と言われていました。
この日、私が言われた事をおおまかですが書きます。
「けいは私から見てもあまりにおかしくて、そんなけいと1秒でも長くいる事は流月ちゃんにとって良くない。
だから明日にでも明後日にで、実家に直ぐ帰った方がいい。」
「離婚にして籍を抜いてしまえば、けいがお金を払わない可能性があるから、別居という形を取った方がいい。」
「けいがお金を払わなかったら、私が責任持ってお金はしっかりするから、りゅうにはこれからも機会あれば会わせて欲しい。電話もさせて欲しい。」
「実家に帰ったら、踏まれても蹴られても大丈夫なくらいに、強くなって、りゅうと生きていけ」
「流月ちゃんが具合が悪くなるのが一番迷惑だ」
「父親がいなくなったって、りゅうは今時の子だから、たいして気にしないよ。」
「けいの事はもう自分の子供だと思っていない」
「私は仕事が大事だから、それ以外の事で悩みたくない。面倒もみれない。お金の事以外、私には何も出来ない」
「りゅうと一生会えなくなるなんて、悲しいなんて言葉じゃ足りない」
「離婚しても苗字は変えるな」
そして最後に何度も念を押されました。
「絶対別居を決めて、けいにはっきり言うんだよ」と。
そして
「私と話した事はけいには言わないで。」
私はこの時別居を決めていましたから、このお義母さんの態度にそれ程何かを思いませんでした。
いつもの事。
これがお義母さんの考えだと分かっていたからです。
結局お金で解決して、自分の都合良いようにしたい。
そして、心の底ではけいちゃんの事ですら信用していない。
けいちゃんと全く同じ。
いえ・・けいちゃんより酷い。
分かっていたので、
「別居は決めてきます」と言いました。
でも以前も書いたようにけいちゃんの態度が一変し、その夜は私、りゅう、けいちゃん、両親でご飯を食べたのです。
これは数週間前から決まっていたのですが、ごたごたしていたので、どうしようか?とけいちゃんい聞いたら
「皆で行こうと」と。
私にはまだ分からなかったのです。
もしかしたらけいちゃんは最後の思い出作りをしようとしているのかもしれない。
でも思い出を作りたいくらいなら、もっとしっかりしてくれればいいのに。
と相変わらずけいちゃんが何を考えているのか分かりませんでした。
それにお義父さんとお義母さんにとってもこれでりゅうに会えるが最後になるかもしれないのだから、会わせてあげようと思いました。
けいちゃんと別れてお義母さんに電話。
「今日、予定通り行くそうです。けいちゃんがそう言っているので・・」と言ったら
「はぁ?別居は?」と。
「それは言いましたよ」
「でもご飯食べに行くって?」
「はい」。
「たった今予約取り消したのに。面倒な家族だね、ほんとに。」
「すみません・・・。」
面倒な家族か・・。
でももうそんな事を言われる事もない。
その日の夜、皆が集まると、お義母さんは何も知らないふりに徹していました。
りゅうに自転車を買ってあげるとか、私に今度ご飯を作ってくれるとか。
つい数時間前に明日にでも実家に帰れと言っていた人が。
怖い・・そう思いました。
でも結果的に実家に帰るのを止めました。
お義母さんは気入らないに違いありません。
でもあれっきり連絡を取っていないんです。
私、けいちゃんにお義母さんに言われた事を話してしまったんですよね。
そしたら凄くショックを受けていました。
「流月にそんな事を言うなんて許せない。
りゅうの事だって、何とも思っていないじゃないか。
金出すから?りゅうに会わせろって・・・?」
「あのさ・・こう言っては何だけど・・けいちゃんだって同じ事言ってるんだよ?」
けいちゃんは沈黙していました。
そして
「もうしばらくうちの親とは連絡取らないでくれ。りゅうとももう会わせない。」
「う〜ん・・・。」私は返事に困ってしまいました。
翌日父と電話したのです。
落ち着いてきたかな
突然に、けいちゃんの様子が元に戻ってきました。
昨日はりゅうの保育園の話をしていて、りゅうがけいちゃんに
「僕ね、好きな子がいるんだよ」って話で大盛り上がりしていました。
気持ちが落ち着いてきたんでしょうかね。
良かった・・・。
なかなかゆっくりパソコンに向かう時間が無くて、いきさつが書けずいます。
結論から言ってしまえば、けいちゃんの思考や行動、理解出来なかったもの全てが、両親の影響が強いという事です。
けいちゃんの両親が
「嫁、姑は上手くいくはずがないのだから、お互い関わらない方がいい」という考えから、結婚して6年間で数える程しか会った事がありません。
それもあり、分かっていたつもりでも、私が理解出来ていない事が多かったんだと思います。
長年黒だとおしえられてきたものが、ある日突然「これは今日から白です」と言われたようなもの。
頭では白なんだと思えても、心底そう思えない。
そしてその狭間でけいちゃんはずっと苦しんできたのだと思います。
それを思うと私はずっとけいちゃんを責めてはいけない事で責め続けてきました。
ちょっと分かり辛いですね。
また今度書きます。
別居は東京で
記録的な感じのブログになりつつあり、すみません。
以前のように、後になってから
「そんな事は言ってない」
「被害妄想だ」
「そんな事は現実に起こっていない」
なんて言われると混乱するので、書ける時に残しておこうと思います。
別居はするなら東京でする事にしました。
「別居はするんでしょ?」と聞いたら
「え?流月がそう言ったじゃん。」と。
やっぱりね。
それが言いたくて、決断をしなかったんだものね。
昨日の父の話を受け、東京で別居。
けいちゃんは東京生まれですから、けいちゃんが出ていく事になります。
お義母さん、怒るだろうなぁ。
お義母さんに、実家に帰れと言われたんですよね。
今朝4時に睡眠薬で寝て、当然寝坊。
調子が悪いです。
セルシン
私を立て直さなければ。
という事で意を決して、セルシンデビューです。
歯がズキズキ痛くて、すぐ涙も出る。
難聴と湿疹もまたあるし。
煙草に手が伸びる。
ゆっくり立て直していこうと思います。
前の激鬱の頃と違うのは、私の状況を理解し、心配して下さっている方々がいてくれる事。
ネット上であっても、私を心配して下さり、ここを気にかけて訪れてくれる方々がいる。
私の話や気持ちを、病気や被害妄想というフィルターを通さずに聞いてくれる。
それが私の体調の悪化を緩やかにしてくれている事は確かです。
落ちても、転げ落ちている訳ではないのですから。
心から感謝しています。
父の言葉
携帯から更新します。
コメレス出来ずにごめんなさい。
前回の記事を更新した後、けいちゃんに言いました。
「私はりゅうを連れて実家に帰ります。」と。
そしたら、けいちゃんの態度が一変しました。
昨日は1日中家にいて、近所のお祭りに行き、カラオケまで行きました。
最後の思い出作りをしているのかなとも思いましたが、何を考えているのか分かりません。
今も家にいます。
明日また話し合いです。
父から連絡が来ました。
今回の事について父と話すのは初めてです。
母から少し話しは聞いていたようですが、父は私に言いました。
「お前、何を考えている?りゅうの事をしっかり考えているのか?生半可な気持ちで子供の事を決めるんじゃない。お前は親だろう?」
涙が溢れました。
そうだよね。
誰だってそう思うよね。
父の言葉は私を責めるような言葉でしたが、それとは裏腹に私は凄くホッとしたのです。
私がけいちゃんに向けた言葉と同じだったからです。
私も全く同じ事を2ヶ月以上前からけいちゃんに言っているんだと言いました。
色々話しましたが、田舎で暮らすというのはとても辛い事。
東京にいたいという私の気持ちを叶える方法があるはずだ。
つまり東京都に援助を求めろと。
実家が今どれ程大変が。
けいちゃんやけいちゃんの両親に対しどう思うか…。
沢山の話しをしました。
父は上辺だけじゃなく、綺麗事も一切無く、本気で私とりゅうを考えて意見してくれました。
そして最後にこう言ってくれました。
「どうにもならなくなった時は、最後はお父さんが出ていくから。実家に帰ってくるのは最終手段だが、最終手段はあるんだという事は覚えておきなさい。だからお前は絶対に行き詰まらない。帰ってくると決めるなら、お父さんは待ってるよ。だがそれはいつでも出来る。そうだろう?ならば、もう少しだけ頑張れ。いくら親だからと言ってもいつでも犠牲になればいいってもんじゃない。お前は子供の為にと犠牲になる事だけを考えて、どんどん追い詰められている。
りゅうを幸せにするのがお前なら、お前も幸せじゃなくちゃ駄目だ。
不幸な人間が、誰かを幸せになど出来るか?
とにかく体だけは治しなさい。」
頷く事しか出来ませんでした。
あれ程の大手術を受けた数ヶ月後、未だ体調不良と闘いながら、こんなに力強い言葉を私にくれた父。
私はこの父の娘なのだと思ったら、何だか自信が出てきました。
別居
別居がほぼ確定となりました。
また耳が聞こえなくなってしまったし、精神状態もよくない。
もうあの地獄の日々に戻るのは嫌なんです。
私とりゅうは荷物がまとまり次第、実家に帰ります。
東京とはもうお別れになり、数年は来る事がないでしょう。
別居という形を取りますが、その先にあるのは離婚です。
引っ越し屋さんに頼まなきゃいけないくらいの荷物になります。
完全に私とりゅうの荷物は引き上げます。
りゅうは地元の小学校に行かせます。
東京が大好きなのに、また実家。
19歳の時と同じになってしまいます。
流石に三度目に東京に戻れるかは自信がありません。
実家も父はまた働けず無収入。
そんな中に私とりゅうが帰る事はとんでもなく大変。
12月に東京である父の健診も、ホテルでも取って貰うしかありません。
私もりゅうもこちらで築いた全ての事を置いていかなければいけません。
それを知っていてもけいちゃんは何も変わらない。
これ以上我慢していたら、私が壊れてしまうし、りゅうを守るのは私しかいないんです。
近々、またはいつかでも、お会いしたいと思っていた、ブログで出会った方々、それが叶わず、残念とか悲しいなんて言葉じゃ言い現せません。
これからけいちゃんに会い、別居が確定になると思います。
というか、確定してきます。
責任から逃れたいから、自分で決定したくないみたい。
いつもそうだから。
なら、私が決定してきます。
責任も私が取ります。
またあの日々に戻って、りゅうの手を引く事も出来ないなんて絶対嫌ですから。
私は私でいたいから、人格分裂も嫌です。
体調悪化
ここ数日後、日に日に体調と精神状態が悪化しています。
目立って辛いのが
めまい
吐き気
頭痛
それ以外には、不眠基礎体温異常で、生理が止まった、肩こり、下半身の浮腫、足首から下の冷え、突然の不安感食欲低下、体重減少で、体調がかなーり悪いです。
めまいは突然脱力感に襲われる感じで、大体が強烈な吐き気を伴います。
だけど今のとこ数秒で治まっています。
1日に何度も繰り返しますが…。
眠いのを極限に我慢してて落ちる瞬間のような感じですかね。
何だろ、これ。
外出が怖くなってきました。
iPodも壊れたし(>_<)西洋薬を飲み疲れたので、今日初めて東洋医に行ってきました。
内容は後日また書くとして(今はお布団の中から携帯で更新中)漢方薬を飲み始めました。
その後接骨院へ。
肩こりが酷すぎて悲鳴あげっぱなしでしたY(>_<、)Y
暫く通わなきゃ。
鍼かお灸してもらおうかなぁ。
あぁ…鬱やパニックが酷い頃はこんな感じだったなぁと思い出してます。
思い出すような嫌な感じなんですよね。
空腹感が全然無いんですが、もう二度とこんな風にはならないだろうと自信がつき始めていた矢先、ストレスに晒され2ヶ月が限度のようです。
東京に戻ってきて約20日が過ぎましたが。
20日で3キロ近く体重が減った事になります。
多分今は軽い栄養不足状態だと思います。
今日食べた物は
朝 食パン一枚
夕方 バナナ1本
夜 五穀米に納豆
量は足りないけど、栄養はある気が・・・。
何とか復活しなきゃなぁ。。。。
地震に怯える
2003年 夏
外国に大きな地震があり、津波による被害で沢山の方達が亡くなった。
それを機に、もし同じ規模の地震が関東に来たらどうなるかを、頻繁にテレビで取り上げらるようになった。
ある日テレビによく利用する駅でのシュミレーションが映し出された。
逃げ惑う人々、その後訪れる生活。
怖くて見れいられなくなった。
私は一日のほとんどをりゅうと二人きりで過ごしていた。
その時に大きな地震が来たら、私はりゅうを連れて逃げられるだろうか?
ミルクや、オムツやタオル、着替え、毛布・・・・・。
ベビーカーさえ満足に引けない私が、りゅうを抱き、荷物を持ち、私だって必要最低限は何かを持たなければいけないかもしれない。
結婚前まで地震は平気で、キャバクラ嬢の頃は高層階に住んでいた。
「その時はその時よ」なんて笑っていたのは私だったんだろうか?
今こうしている1秒後にでも地震は来るかもしれない。
そう思うと不安で仕方ない。
トイレに行っている間に地震が来て、りゅうに何か落ちたら?
そう思うと、トイレも我慢するようになっていた。
行く時は一大決心だ。
荷物はすぐ持てるように、袋にオムツや携帯用のミルクスティックなどを入れて準備した。
その量が一体どれくらいあれば良いのか検討などつくはずもなく、いくらあっても足りない気がした。
袋二つ分にギュウギュウに詰めた物を、りゅうを抱えて持てるのか、何度もやってみた。
出かける訳でもないのに、抱っこ紐で抱かれたかと思えば、床に下ろされる。
りゅうは何度もそれに付き合っていた。
そして袋に入れた物がそれで良いのか、毎日確認した。
確認しながら、自分は何をしているんだろう?という疑問が出てくる。
でもそれが解決出来ないまま、確認作業も止められないのだ。
そのうち、きっと赤ちゃんを連れた他のママもいるだろう、と思うようになった。
準備も何もないまま、飛び出して避難してくるママもいるだろう。
その横で、りゅうだけミルクを飲み、オムツを変えるのでは申し訳ない。
子供達に少しでも我慢させないようにと、サイズ違いのオムツまで詰め始め、ミルクの量はどんどん増えていった。
「よその子のオムツとミルクまで準備しているの?」とけいちゃんは笑っていた。
その頃東京では小さな地震が何度か続いた。
カタカタと揺れ出すと、心臓は跳ね上がり、反射的にりゅうをかばう為に覆いかぶさった。
そして、どんどん揺れが強くなってマンションに閉じ込められたり、外に逃げた途端建物の下敷きになったり、避難場所に辿りついてもけいちゃんと会えなかったりという想像がどんどん進み、必ず最後は私が助かり、りゅうだけが助からない・・という最悪の結末に到達する。
現実は震度3程度でおさまっているのに、大地震の後のようにしばらく心臓が治まらない。
そして、またいつ来るか分らない地震に怯えていた。
地震が来たら私は携帯だけ持とう。
と決めた。
それから常に携帯の位置を確認するようになった。
一瞬でも携帯が視界から消えると、今にも地震が来て、携帯を持たずに家を出るしかなく、誰とも連絡が取れないという光景を想像した。
そして必死に携帯を探すのだ。
そのうち、トラックが近くを通過したわずかな揺れでも同じような状態になった。
気が休まる事が無く、けいちゃんに毎日のように地震がきた時に待ち合わせる場所を確認した。
そして
「そこも被害で行けなかったらどうするの?」と何度も聞いた。
「だってりゅうを守れるのは私しかいないんだよ!」
と言う私に
「そうだね。」とけいちゃん。
「りゅうを抱いて、荷物を持って。私に出来るか不安なの。」
「いざという時は出来るよ。」
来るかどうかも分らない地震に怯える私を、呆れたように見ていた。
けいちゃんは毎日仕事でいないからそんな呑気にしていられるんだよ。
りゅうに何かあっても、全て私のせいで自分には責任がないからだと思った。
kyupin先生のブログ
少し前になってしまいしたが、kyupin先生のブログの業務連絡のエントリですが、このcolorfulな輝きにリンクする際、kyupin先生から許可を取ってありますので、念の為書いておきます。
勝手にリンクしてないですよーと(笑)
私がここの前のアメブロを開設して間もなくkyupin先生のブログを発見したと思います。
かなり鬱が酷い頃でしたが、ザラザラ薬飲みながら携帯で見ていたのを思い出します。
こんな素敵な精神科医がいるんだなと・・それが妙に励みになりましたね。
私は出会えなかったけど・・。
ある日の夜中、無性に先生にメールをしたい衝動に駆られて。
内容は・・う〜んファンレターみたいなものですかね(笑)
開設当初から見てます!これからも頑張って下さい!といった程度の内容だったと思います。
それと東京の精神科医の愚痴を少々・・。
勿論お返事を待っていた訳でもなく、というかお忙しい先生ですし、コメントも沢山、まさかメールまで見ているとは思わなかったのです。
ところが、お返事が来たのです!!
驚きましたー!
内容は伏せますが、とても温かいメールでした。
そして、悲しい出来事がありアメブロから退いた(中途半端に)訳ですが、その際も「新しくブログを開設するので、そちらでもリンクお願いします」とメールをしました。
アメブロから退いた経緯を簡単に書きましたが、また温かいメールがきました。
精神科医のとしても素敵だし、お人柄が大好きです。
普段はコメントもしませんし(緊張して出来ないんだけど)診てもらった患者さんは幸せだなーって思います。
最近ネコちゃん登場が多くて、ますます嬉しいkyupin先生のブログ、陰ながら応援しまーす。
kyupin先生のブログはこちらです↓
kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
知ーらないっ
昨日けいちゃんと話しました。
家以外や、電話では普通に話せるそうで、確かに昨日は機嫌の悪さは感じませんでした。
私はこの調子ならまた以前のように戻るだろうと思いましたが、けいちゃんは
「家以外では普通に話せるから、別居したらもっと良い関係でいられるかなって思う」と言っていました。
何故そんな方向に行くのがは謎。
別居する事で後々どういう経過を辿っていくかなど、まるで分かっていない様子。
別居というからには数か月は離れると思いますが、
「じゃあなんか大丈夫そうな気がするからまた一緒に住もうか」なんて事になるはずもなく、その間、りゅうは「見捨てられた」という気持ちを抱くだろうし、それは一生消えない。
別居とは、別居したもしかしたら上手くいくかもしれないから、してみよっか?なんて軽いノリで出来るものでは当然ない。
毎日飲みに行くのを続けるか、別居するかなんて、比べられるレベルじゃないでしょう?とは言いました。
この先りゅうが何か過ちを犯したとして、親とという立場でりゅうを怒らなければいけないような時に、
「あんたは一体何をしてくれた?そんな奴に説教されたくない。」とでも言えば、言い返す事は出来る?と聞いたら
「出来ない」とけいちゃんは言いました。
その出来事はこの先何年も後だとしても、何があっても揺るがない信頼を作っているのは今なのだ。
一日一日しっかりりゅうと向き合って、信頼して貰えるように親だって頑張らなきゃいけない。
親という立場だから、無条件で子供に信頼される訳でもないし、その無条件で信頼して貰える時があるならそれは今で、親の愛情が必要な時に顔すら合わせない父親にどうやって信頼を持てばいいの?
けいちゃんは「そうだよね・・・。」と言っていました。
先日お義母さんに相談したら、
「流月ちゃんが屁理屈言わないでけいの話を聞いてあげたらいいのよ。
屁理屈ばっかり言うから、けいが何も言えなくなっちゃうんじゃない?」って言われて。
あぁ・・私はまた屁理屈を言ってるんだろうなって思いました。
先も見えない、今自分が楽になる方法を選ぶけいちゃんに、どうしても言ってしまうんですよね。
りゅうに悲しい顔だけはさせたくなくて・・・・。
最近りゅうは、パパ、パパと言わなくなりました。
りゅうは気を遣ってくれているんだと思いますが
「パパがいなくて淋しい?」と聞いたら
「ううん。ママがいるもん。」と。
嬉しくて涙が滲みました。
毎日「今日はパパ帰って来るかなぁ」と言っていましたが
最近は私が「今日は帰って来るかな」と言うと
りゅうが「来ないと思う。いっつも来ないじゃん。」と。
「でも、どうだろうね?来たらいいね。」と言ったら
「そう?知ーらないっ」って。
知らないか・・・そうなっちゃうよね。
たまにけいちゃんが帰ってきても、寄り付かなくなってきました。
だからけいちゃんも鬱陶しがる事もなく、ある意味平和。
けいちゃんだけが孤立したようになっているけど、自分が選んだ道でしょうね・・。
ゲームの怖さ
今日無事ネットが復活しました。
良かった〜。
光TVもつないだし、りゅうのDSもWiiもネットにつなぎました!
これがやりたくて悪戦苦闘だったんです。
パソコンもどちらも無線でつないでいるので、ややこしくって。
モデムやらルーターやら、線だらけになっちゃった。
思いの他光TVが簡単につながったと思ったら、突然ネットが切断。
あちこちのサポートセンターに電話しまくっちゃいまいた。
ルーターにセキュリティーがかかってどうのこうの・・とか、接続パスワードが分からなくなってたり、モデムがID認識してません!!とか、あれあれ、モデムのランプが一つつかなくなっちゃたよ?とか、光電話にも入ってるからーなどなど・・・発狂気味(笑)
だけど、何故かけいちゃんのノートだけネットが復旧しておりません。
分からないので、放置。
私はただ、光TVでドラゴンボールを観て、ヒーリングチャンネル観ながらヨガをしたかっただけなんだけど・・。
りゅうからのリクエストには応えてあげたいしで・・頑張った!!
DSをつないだら、ネット経由で見ず知らず(そりゃそうだ)の方と対戦出来るんですよね。
で、マリオカートをやってみたんです。
そしたら。妙な名前をつけた方が。スタートと同時に、謎の裏ワザを駆使して、私に体当たりしてくるんです。
弾き飛ばしたり完全に嫌がらせ。
そして逃げても逃げても追いかけてきて、ぶつかってくるんです。
仕方ないから、動かずにじっとしていたら、その人は途中棄権したようでいなくなりました。
勿論レースはビリ〜。
暇な人もいるんだなーって思ったけど、怖いですよね。
子供にはあまり見せたくないと思いました。
りゅうは不思議そうな顔で
「負けちゃったね」って言ってましたけど・・・。
眠れない
りゅうの微熱が気になったり、光TVをつないだら、ネットがつながらなくなってしまったり、けいちゃんは今日も帰って来ないしで、眠れずにいます。
翌日は
「11時半には帰ってた」といつも言うけど、殆ど毎日その時間帯は起きてますからね。
私もりゅうも嫌われてしまったんだなーと思います。
悲しいというより仕方ないですね。
私は錯乱したりどん底に落ちたりリスカしたり、薬飲み過ぎたり、挙げ句の果てには解離で別人格まで出てきて、とてもまともじゃなかったんだろうし、けいちゃんに執着するような時期も続き、こんな奴は面倒でしょうから。
だけど何故りゅうまで嫌われてしまったのかな。
親が我が子を嫌うなんて余程だと思うけど。
好き勝手遊ぶには邪魔なんでしょうかね。
早くネット復活しないかなぁ。
私がやるしかないんだけど。
苦手だった配線もやるしかないから、やりましたよ。
気分はもうシングルマザーで、何でも私がやれるようにならなきゃと思ってます。



