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笑顔
2003年 夏
りゅうはよく笑うようになった。
声をあげて、とても楽しそうに笑う。
その顔を見ているとなんとも言えない幸せな気分になった。
子供の笑顔は不思議だ。
どんな事も忘れさせてくれる。
ある時、母子共に健診だった。
とは言っても私はレントゲンと、歯科健診くらいだったけど。
レントゲンを撮る時、りゅうは一時廊下のベビーベットに寝かせたままになる。
もちろん保健婦さんが見ていてくれる。
レントゲンを撮っていると、子供の泣き声が聞こえた。
りゅうではないと思った。
あちらこちらで、子供の泣き声が聞こえているので気にもしていなかったのだけど、撮影が終わり廊下に出ると、その泣き声の主はりゅうだった。
普段滅多に泣かないりゅうが、大声で涙をボロボロこぼして泣いている。
りゅうの泣き声が分からない程、りゅうは普段泣かないのだ。
「ほら、ママが帰ってきたよ。良かったねぇ。」
と保健婦さんがりゅうに言った。
私がいなかったから泣いているの・・・?
抱き上げると、りゅうは泣き止んだ。
「この月齢で人見知りはしないと言われているんですけどねー。ママがいなくなったらすぐ泣いちゃって。ママがいないのが分かったんだね。」と保健婦さん。
「ママの抱っこが一番安心だね。」
私を母親だと分かってくれているんだ。
そう思ったら嬉しかった。
誰でもりゅうの世話さえしてくれれば同じだと思っていたのに。
こんな頼りない抱き方でも、それでもりゅうは私が一番安心すると思ってくれているんだろうか。
もしそうだったら・・なんて嬉しいだろう。
「りゅうはちゃんと見てるよ」
姉の言葉を思い出す。
この頃から母乳の出が悪くなって、ミルクを足す事が増えた。
「母乳はストレスで簡単に止まってしまうよ。」
と姉に言われた。
私にしか出来ない事がこれで無くなってしまう。
解放されるような気持ちと、淋しいような気持ちが入り混じる。
完全にミルクに切り替わるまではあっという間だった。
でもこれでやっと鎮痛剤が飲める。
毎日頭痛におびえる事はないんだ。
私はりゅうの事より自分の事を考えているんだろうか。
「でもさ、母乳ってどのくらい飲んでるか分からないじゃん?ミルクは分かるから、ミルクの方が良い事もあるよ。」
姉の言葉で自分を納得させた。
けいちゃんに話しても関心は無いようだった。
あるとすれば、完全にミルクに切り替わる事で、もう
「俺は母乳が出ないからりゅうは見れない」
という言い訳が出来なくなる事くらいだろう。
言葉を話さない人間との意志の疎通というものをそれまで考えた事がなかった。
一番不安だったのが、りゅうの体調の変化が分からない事だった。
泣いているだけで、痛いのかお腹が空いたのか、おむつなのか、ただ泣いているのか、どうやったら分かるんだろう?
発熱したら、私は気付けるだろうか?
もし私がりゅうの体調不良に気付けなければ、また同じ事を繰り返してしまう。
もし重い病気の前兆に気付けなければ、命に関わってしまう。
「いつもと違う」
りゅうの「いつも」を知っているのは私だけなのだ。
それにもし気付けたとしても、医師の誤診もありうるのだ。
一体何を信じて、誰に頼ったらいいんだろう。
でも沢山のママ達は誰にも頼らずしっかり育児しているんだろう。
私はそれが出来ないんだろうか。
私はあまりに安易な気持ちで子供を生んでしまった?
でもそれを思う事はりゅうを否定する事になる。
それは絶対ないんだ。
私はりゅうに会えた事を心から感謝している。
この不安な気持ちは誰なら理解してくれるんだろう。
責任の重さに、毎日押しつぶされそうだった。
りゅうが生まれてから毎日何度もおでこに手を当てるようになっていた。
りゅうの変化を逃すまいと、皮膚などを何度も見た。
赤ちゃんの病気辞典という本を何度も読み返した。
毎日毎日、りゅうの不調を探していた。
私はいつも不安気な目でりゅうを見ていたと思う。
それを見抜いているかのように、りゅうはいつも屈託のない笑顔をくれた。










